想定外
穂群原学園の文化祭は、今年も盛況だった。
右を見ても左を見ても人人人。親子連れやカップルで、わいわいと出し物を楽しんでいるのが良くわかる。
「うーむ……」
そんなお客さんたちを頑張って捌いてる生徒たちを見ると、俺はこんな事をしていて良いのかと不安になる。人手はいくらあっても足りない筈だし、やれる事はいくらでもあるのだが……
勿論クラスの皆には手伝うと申し出たのだ。だってのに、「いいからお前は祭を楽しんでこい。準備段階で十人分働いた人間を当日までこき使えるか」と一成に叩き出されてしまった。
その気持ちはとてもありがたいのだが、やはりこうして手持ち無沙汰なのは落ち着かない。
いやまぁ、両手はふさがってるんだけど。右手には遠坂のクラスで買わされた堅焼きそば。左手には桜のクラスで買った綿飴。祭の縁日かと思うようなラインナップなんだが、このごった煮感が文化祭の醍醐味かもしれない。
……うちのクラスも、こういう出し物にしておけば平和だったのになぁ。
叩き出される直前の喧騒を思い出して、口から溜息が飛び出した。
うん、そろそろ戻ろう。
祭はもう充分堪能したし、やっぱり一成や慎二を働かせっぱなしなのはダメだろう。
思い直して足を止めた瞬間、
「そこどけ! 邪魔するなーっ!」
怒声と共に人の波が突っ込んできた。
「うぉぉぉっ?!」
持ってた焼きそばをひっくり返さなかったのは日ごろの鍛錬の賜物だろうか。慌てて飛びのいた俺のすぐ脇を、怒涛の勢いでそれが駆け抜けていく。年は俺よりちょい上くらいの、一般のお客さんが五、六人。皆が皆大事そうにカメラを抱えて、血走った目で廊下を疾走していく。
俺の他にも跳ね飛ばされそうになったお客さんが文句を言いかけて、その異様な雰囲気に引いているのが良く分かった。それくらい、その集団は殺気立ってどこかを目指している。
それも口々に「うさぎ」だの「シスター」だのと、意味不明な事を叫んで。
……あれって、俺のクラスの方向だよなぁ。
なにやらひどく嫌な予感が頭を掠めて、俺は慌てて彼らの後ろを追いかけた。
「コスプレ喫茶にしよう」
文化祭での出し物を選ぶミーティングで、不意に慎二が口にしたそんな一言。
慎二らしいたわごとだと、一成が一笑に伏そうとしたその案はなぜかクラスの大多数の男子と少数の女子の賛同を得て、あれよあれよと決定してしまったのである。
文化祭という一種晴れの舞台でなら、普段は着れない物を着ることだって出来る。多かれ少なかれ人間が心に秘めている変身願望を満たして、なおかつ僕の目も楽しめるのだから言い事尽くめだよね――などと慎二はうそぶいていたが、ともあれ決まったからにはやるのみと一成も腹をくくり、こうしてわがクラスの出し物はコスプレ喫茶と相成ったわけである。
普通は店員が様々な格好をするらしいのだが、今回はちょっとひねって、希望があればお客にも衣装を貸し出す事になっていた。
これが予想以上の大当たり。一昨日昨日と店は大盛況となったのだが、それゆえに俺たちは息もつけない忙しさに翻弄される事になっていたわけだ。ましてや今日は最終日なのだ。
やっぱり、残って手伝うべきだったよな。
自分の見通しの甘さに顔をしかめて、教室に戻った俺は、目の前に広がる異景に絶句した。
それは肉の壁だった。
あるいは人の石垣か。
俺のクラスの入り口は、十重二十重に殺気立った男たちに取り囲まれ、クラスメートが人員整理に追われている。
「何が起きたんだ、一体……」
目の前の異界っぷりに、俺はただ呆然と呟いた。
いや、混雑は予想してたんだ。してたんだけどこれは異常だって。
「え、衛宮。戻ってきたのか!」
「おう、すぐそっちに行くからっ!」
入り口に近寄ることも出来ないでいる俺の姿を、もぎりをしてる一成が見つけたらしい。あいつが珍しくあせりを隠さず、俺に向かって声をかけてきた。
「すみませんっ! すみません通してくださいっ!」
喧騒と怒号が飛び交う人の群れを、必死で頭を下げて通り抜け、俺は一成の所にたどり着く。
「あー、えと、一成。これは一体何事だ」
「入店の順番待ちに決まっておろう! 衛宮が息抜きに出かけた後、とんでもない客が来てな……そこっ! 割り込みはご遠慮くださいっ! 他のお客様の迷惑になります! 列は二列で落ち着いてお待ちくださいっ!」
「……とんでもない客?」
殺気立った客の列に向かって、こちらも普段の余裕をかなぐり捨てた一成が、必死で順番を守らせようと怒鳴っている。
「全く! 慎二の奴がこんな出し物を選ぶからこのような事になる。学生は学生らしくもっと健全な出し物にしておけば……ですからっ! 列を乱さず廊下の左側にお並びくださいっ!」
……こりゃダメだ。ここで一成と話してたら邪魔になるな。
混乱の原因は自分で確かめるしかない。
俺は隙間から教室を覗き込んで――息をのむ。
可憐なうさぎさんが、窓際の席でティーカップを傾けていた。

「な……な……な……?!」
目の前の少女の姿に、一瞬でゆだった頭では、まともな言葉が出てこない。
艶やかに背中まで伸びた銀の髪から、黒い作り物のうさ耳がぴょこぴょこと飛び出ている。
むき出しの肩には赤いスカーフを掛けているが、それが逆に隙間から覗く肌の白さを引き立たせている。
なによりぴったりと肌を覆う黒のボディスーツと、切れ上がったレッグラインから伸びるストッキングは、少女の体のラインを殊更に強調して、目を離すことが出来ない。
俗に言うバニーガール。
バニーさんでうさぎさん。
健康的な喫茶店がその一角だけ夜の星。客の視線は全て彼女に集中している。そりゃそうだ。集中しないわけがないって言うか。こんな日の当たる教室には全く似合わない色気を振りまいている少女は、俺の良く知っている相手だった。
「か、カレンッ?! お前一体ここでそんな格好でなにをっ?!」
叫んだ。
おもいっきり叫んだ。
もう全力で叫んだ叫んでのんきに紅茶を飲んでる坂の上在住シスターに詰め寄った!
「どうしたのですか、衛宮士郎。そんなに慌てた顔で」
あっさりかわされた! 相変わらずかこの女はっ!
「あ、あのなあこんな所で何やってるんだ不良シスターってか、別に文化祭に来るのは構わないけど、その格好は何なんだよ!」
「ここで貸し出された衣装ですが。何か問題でもありますか?」
「大有りだろ! 何でバニーガールなんだよ?!」
「なるほど、これはバニーガールと言うのですか。後ろの彼から勧められましたが、動きやすいですし、男性の視線も良く集める。戦時においても悪くない格好ですね」
「何? 彼女衛宮の知り合い?」
後ろって誰だと言いかけた俺に、なにやら嫌な笑い声と共に声をかけてきたのは、やっぱりというかなんと言うか慎二だった。
「いや、最近隅に置けないね衛宮は。女の知り合いが随分と多……いたっ痛たたたっ!」
「お前か、お前が犯人かーっ?!」
ウェイター服姿で、注文表片手ににやにや俺の顔見て笑ってる、慎二の胸倉引っつかんで、
「お前何考えてるんだ!? バニースーツなんてどこから引っ張り出してきた?!」
「あー、いやあれ。前に付き合ってた女に着せて楽しんでた奴なんだけどね。まぁ冗談のつもりでラインナップに並べておいたら他の服が出払っちゃってさー。残ってるのがそれしかなかったってわけ」
「嘘つけ、衣装のストックがそんなに少ないわけないだろうっ?!」
「いやまぁ。せっかく用意した服だし、誰かに来てもらいたいなぁとか半分冗談だったんだけどね。まさか本当に着てくれるお客さんがいるなんて思わなかったよ」
「何を陰でこそこそとしゃべっているのですか、衛宮士郎。わたしのこの服の事で話があるのなら、ちゃんと話せば良いでしょう。席は空いてますよ」
「ああ、それは良いね衛宮。せっかくだからお前も客になってけよ」
「いやちょっと待て待ってくれカレン。それは無理だからっ! 勘弁してくれっ!」
いくらなんでもこんな衆人環視の中で、バニー姿の彼女と向かい合ってお茶を飲むなどと、そんな神をも恐れぬ真似が出来るわけがない。
というかそんな光景、知り合いにばれたら死ヌ。絶対殺ラレル。
「……無理とはひどい言いようですね、衛宮士郎。あなたがわたしを嫌っているのなら仕方ありません。ですがもう少し別の言い方も覚えておいた方がいいと思いますが」
「いやだから、別に俺はあんたの事を嫌いじゃないけど、でも今は無理だろ俺大体ここを手伝わないといけないんだから」
「あ、大丈夫。君、カレンさんだっけ? こいつ今日一日フリーだから好きにしてやってよ」
「ちょっと待て慎二ー?!」
「ははは、そんなに嬉しそうな顔しなくても良いって衛宮。いつも頑張ってるからご褒美だってご褒美」
「嘘つけーっ! お前、その顔絶対に楽しんでるだろ?!」
「は、そんなの当たり前だろ? 諦めて僕らのおもちゃになっとけよ衛宮」
うわ最悪だこいつっ!
「写真はしっかり撮っておいてやるから、楽しみになー」
挙句ものすごく不吉なことを言い残して、そのまま慎二はイイ笑顔で厨房スペースに引っ込んでしまった。
残される俺。お茶をすするカレン。突き刺さる他の客の視線。
てか男性客が明らかに俺を刺しそうな視線なんですがっ!
「……それじゃまたなカレン。文化祭楽しんでく……」
「……フィッシュ」
回れ右した俺の体に生き物のように絡みつく赤いスカーフ。
逃走失敗。衛宮士郎は捕獲された。コマンド?
「って、文化祭見学に何で聖骸布持ち出してきてるんだあんたーっ?!」
「もちろん、備えておけば憂い無しですから。さあわたしの顔を見て逃げだすような不信心者には、いかに神の愛が無辺かをとくと語ってあげましょう」
「いらんいらないからそんな神は死んでくれーっ!」
…………それからの事はあまり思い出したくない。
想像してみて欲しい。
ものすげー嬉しそうに、金魚バチフルーツサワーにストロー2本つきたてて運んできやがった慎二の笑顔とか。
意図を察したカレンの奴が、ものすげーイイ笑顔で片方咥えて飲めと訴えかけてきた事とか。
それを見ている客の男たちの視線とか怨嗟の唸り声とか呪いの呟きとかっ!。
そして。
「奇遇ですね、衛宮士郎」
あの日以降、深山でカレンに会う度に、何かとっても嬉しそうに側によってこられるんですがどうすればいいんですか天国のじいさん!
「ちょうど良かった。あなたに相談したい事がええ勿論そのまま回れ右して下さっても構いませんけど、その場合はわたし、遠坂先輩とちょっとした雑談をする事になると思いますけど」
そう言って法衣の胸の辺りを大事そうにさすって、彼女は微笑むのだ。
ああ、勿論そこに何が入ってるのか俺は知っている。知っているから逆らえない。
あんなもの、見せられるわけがない。
バニー姿のカレンと、無理やり一つのドリンクを二つストローで飲まされてる写真など、うちの居候どもに見られたら。
「ええ分かりました分かりましたとも謹んでお供させていただきますとも」
がっくりうなだれる俺。
かくして忠実なる犬は、今日もカレンのお供をする事になるのである。
ああ、世界はかくも美しい。
美しすぎて感動の涙で滲んでしまい、目の前が良く見えませんこんちくしょうジーザス。
【おしまい】
【後書き】
某日、ASHさんとメッセで話していた時の事。
A「カレンにはどんな衣装が似合うかねぇ?」
俺
「( ゚∀゚)o彡゚ うさぎ! ばにー!」
A「(;´Д`) 」
アホな寝言だったのに、こんなに素敵な絵を描いてくださったASHさんには本当に感激です。
いや、しかし惚れ惚れする絵ですなぁ。ぷになのにおっぱいたゆんたゆん。切れ込みも深いしもう最高。
ASHさん、本当に有難うございました!
