プラ子たんSS 「薔薇の園にて月に向かって吼える」 ユウヒツ その二 「お子様ランチ」
アルトルージュ・ブリュンスタッドのお気に入りの場所に自ら手がけて育てたバラ園がある。狭い敷地内だがそれこそ各種類の薔薇が丁寧に植えられている。
血のように赤い大輪の薔薇。純粋なほど清純な白い薔薇。太陽のような輝きを秘めた黄色い薔薇。
他にも夜の闇よりなお暗い黒薔薇や希望に満ち溢れた青薔薇なども存在する。
昼間は専門の庭師に世話をさせる。しかし、夜は激務の合間を縫ってほんの少しの時間でも自ら手をかける。
月の下、アルトルージュは歩く。うっとりと薔薇の香りに酔い、月明かりの元でゆっくりと眺める。それは己の心休まるひと時だ。誰にも邪魔させないし邪魔された事はない。数少ない安らぎの時間なのだから。
だというのに「あおーん」
自分には何も聞こえてない「あおーん」
にこやかな顔で薔薇の世話をする「あおーん」
頬なんて引きつっていない。眉間にしわなんてない「あおーあおーん」
ゆっくりと剪定ハサミで「あおーん」薔薇の花を丸ごと切り落とす「あおーーーん」
きっとアルトルージュは立ち上がる。笑みを浮かべている。とてもこわいこわい笑みを。ツカツカと自分を苛立たせる音源に向かっていった。
「何をなさっているのかしら?」
静かに聞いてみた。驚くほど自分の声は低い。
なのに。
「あっ、アルトルージュさま。いい月ですね。思わず吼えたくなりませんか?」
相手は屈託のない笑みで答えやがった。そいつはアルトルージュのお気に入りのバラ園で遠吠えらしき真似事をしている。
「……ならないわね」
冷たく言い放っても、
「そうですか。でも、わたしは狼なので吼えますね。あおーん」
なんというのだろうか。アルトルージュとて自然の眷属たちの元締めの一人である。人狼の一族も率いてはいる。彼らの集まりに参加した事もある。満月の元、吼える彼らに少なからぬ衝撃を抱いた。なんと荘厳で美しく激しい遠吠えなのか。
狼の遠吠えは己を全身全霊で表現する。嬉しいとき、悲しいとき。彼らは吼える。月に。空に。吼える。
自然が生み出した芸術。魂の叫びと言ってもいい。
しかし「あおーん」
このプラ子の遠吠えは気が抜ける事この上ない。
「あおーん」
ふぬけたアニメ声で耳に障る。
「あおーん」
迫力に欠けるというかむしろ冒涜だ。こんな遠吠えは。
「あおーん」
プラ子は四つんばいになっている。白い長手袋と長い靴下を履いて。もちろんいつもの白スク水着。
「あおーん」
胸をそらして吼える。薄い胸板がほんの少し自己主張する。
「あおーん」「やめなさい」「えっ?」
プラ子はきょとんとした顔で自分の主人、アルトルージュを見る。なにやら難しい顔をしている。
「そんな気の抜けるふぬけた遠吠えはやめなさいといったのです」
しかし、
「えー、なんでですかー。そんなとありませんよ。こんなにも迫力に満ち溢れているのに。それにこれは特訓の一環です。わたしが立派なプライミッツ・マーダ―になるためにです。少しでもアルトルージュさまのご期待に添えようとしているのに……ひどいです」
この頃プラ子が逆らうようになったのは気のせいか? 誰が主人なのかきっちりと教える時期が来たようだ。
「あおーん」
アルトルージュの言葉を無視して吼え始めるプラ子。ゆっくりとアルトルージュは手を振り上げる。何かを握り締めている。プラ子の眼前に閃かせる。
「あおー?」
プラ子の気がそがれる。アルトルージュの手にもつ物に神経が集中する。すうーとアルトルージュは横に振った。プラ子の目はそれを追っていく。
一閃。
瞬時にアルトルージュの手元は振るわれる。鋭く。激しく。真横に切り裂いていく。
さらに一閃、二閃、何度も振るう。そのたびにプラ子の頬は揺れる。顔は真横に向いていく。
アルトルージュは右へ向かって振るう。プラ子の顔も右に流れていく。左に振るう。プラ子の顔も左に流れていく。
がまんできない。
「あおーん」
プラ子の手が伸びる。自らを惑わし苦しめるものに手を伸ばす。しかし、アルトルージュの方が早い。手にもつ物はプラ子の眼前ですり抜けていく。
「……ねえ」
静かな声でアルトルージュは尋ねる。
「あなたネコでしょう?」
冷たい声が響き渡る。
「そんなことないです。わたしは誇り高き狼ですよ」
けど、プラ子の目はアルトルージュの握り締めるねこじゃらしに注意が注がれる。
「ふう」
少しだけアルトルージュはため息つくと、もう一方の手に持ったボールを勢いよく転がした。プラ子は追っていく。それはボールを追いかける犬というより、ボールにじゃれ付くネコだった。
「やっぱりネコだわ」
嬉しそうにボールにかまうプラ子を見て呟いた。
空を見ると月はいつものように輝いていた。
なんだか叫びたくなった。
「お月様のバカー――――――!!!」
アルトルージュはバラ園で月に向かって吼えた。
/
「アルトルージュさま。ご飯持って来ました―」
陽気な声が木霊する。誰が着せたのか(犯人は誰だか分かる。けど、この頃は油断できないのだが)白く薄く透き通るメイド服を身に纏ったプラ子がアルトルージュの執務室に乱入してきた。
「ノックぐらいしなさい!」
アルトルージュの叱責もどこ吹く風か、
「はい、どうぞ。腕によりをかけましたから」
にこにこ笑って蓋をかぶせられたお盆を机に置いた。美味しそうな匂いがする。
言うまでもないがアルトルージュは吸血鬼だ。ふだんの食事は血である。しかし、普通の食べ物も食べられないわけではない。嗜好品として嗜む事はある。ワインとかもよく飲んだりする。ちなみに吸血鬼の血族には血以外は一切受け付けないものなどもいる。まあ、蛇足だが。
蓋を開けて驚いた。目を丸くする。
中央にはチキンライス。きちんと丸く盛り付けられている。日本の国旗もひらひらなびいている。
左には小さいハンバーグと目玉焼き。アスパラとニンジンのソテーも添えてある。
右はたこさんカニさんウインナ―。ナポリタンと千切りキャベツ。別の皿にはプリンがプルプル揺れている。ドリンクはヤクルト。おもちゃのミニカーもついてお得だよ。
「……………………これは?」
どれだけの時間眺めてから呟いたのだろうか。油のきれた蝶番のようにゆっくりときしむように顔を上げる。目の前に白く輝く満面の笑みがあった。
「はい、お子様ランチです。わたしの大好物なのですよ。だから、アルトルージュさまも食べてください」
ねっ、と微笑んでくる。邪気はない。悪気もない。余計始末に終えない。
「私に────食べろと──これを?」
美味しいというのは予想できた。実際評判は聞いている。プラ子は戦士としてはダメダメだが、メイドとしてはこのうえなく有能だ。
アルトルージュのお城には吸血鬼以外にもご奉仕する人間やそれ以外の‘魔’が多数存在する。
そのために普通の食べ物も調理しなければならない。
プラ子の賄い食は人気があった。
材料を無駄にせず、きちんと使い切る。何かで捨てるだけの魚の骨から美味しいスープを作った。そんな事も聞いたことがある。
けど、これを食べるの? この、アルトルージュ・ブリュンスタッドがお子様ランチを食べるというの。
混乱する。言葉が出ない。
「早く食べないと冷めてしまいますよ?」
見上げると少し悲しそうな目でプラ子は言ってきた。ゆっくりとスプーンを取る。
「シュトラウトさまもスヴェルテンさまも美味しいと食べてくれましたよ」
とんでもない事をプラ子は言ってきた。
「……食べたの、このお子様ランチを?」
ヴラドなら分かるような気がする。きっと、歯の浮くような言葉を並べつつ平らげたのだろう。しかし、リィゾが。……あのシュトラウトが一体、どんな顔して食べたというのか。なんだか見てみたい気がした。
意を決して、食べ始める。まずは中央のチキンライス。
「──美味しい」
思わず漏れる一言。お世辞抜きにだ。確かにこのお子様ランチ以上の味は食べた事はある。実際このお城のコック長ならもっと美味しく作れるだろう。
しかし、この愛情あふれる味は誰にも真似できない。一口運ぶたびに心が温かくなる。
死徒は文字通り死んでいる。冷たい血が流れている。そんな体も温かく。永遠の時で磨耗し凍りついた心も解かす。そんな真心にあふれていた。
時を忘れる。
食事に夢中になる。ああ、最後に行なったのはいつだったか。いや、そんな事は経験はない。物心ついた頃から冷えていた。親の愛情とは無縁だった。家族との安らぎとは程遠い存在だった。己の血縁はこの世にただ一人。それすらも縁薄い。
プラ子は温かく育ったのだろう。親の愛情に恵まれて。このお子様ランチから流れてくる。優しく安らぎに満ちた味が教えてくれる。
「ごちそうさま」
ほとんど、空になった皿の上にスプーンを置いてナプキンで口を拭きながらアルトルージュは言った。
「とても、美味しかったわ。ありがとね、プラ子」
もしかしたら始めて感謝の言葉を述べたのではないか。考えてみればこの頃振り回されていた。このプラ子に自分は振り回されていた。しかし、考えてみたらどうだろう。城の雰囲気は変わっていった。吸血鬼の城にふさわしく冷たく暗い雰囲気に閉ざされていた。しかし、この頃はどうだろう。プラ子一人のおかげで騒々しくも賑やかに温かく活性化している。
──そんなに悪いことでないかもしれないわね。
いまだに先代、プライミッツ・マーダ―は捕らえられていない。一度は追い詰めたが逃げられた。
けど、彼は憂慮したかもしれない。考慮したかもしれない。滞り澱んだ自分たちに熱い生命の活を入れるために。
「アルトルージュさまー」
ふと、見るとプラ子は睨んでいた。迫力に欠けるがお皿とアルトルージュの顔を交互に見つめていた。
「ダメですよ、食べ物を残して粗末にするなんてー」
お皿にはニンジンのソテーが残されていた。
実はアルトルージュは昔からニンジンが苦手だった。アルクェイドがにんにくが苦手で食べたら寝込んでしまうほどひどくはないが、なるべくなら食べたくない食べ物の一つだった。普段の食事は血が主なのでそんなにこの欠点は目立つものでなかったのだが……。
「いや、その、もうおなか一杯だし、あなたの心使いは感謝するわ。けど、吸血鬼は基本的に食べ物を食べても栄養にならないのよ。だから、そんなに必死に食べなくていいの」
しどろもどろになる。けど、プラ子は逃がしてくれない。
「ダメですー。食べ物には感謝の心。だされたものはきちんと片付けなければなりません。基本中の基本ですよ」
プラ子はフォークを手に取るとニンジンに突き刺しアルトルージュの眼前に差し出す。
「あーん」
「いや、その、」
「あーん」
「もう、おなか一杯だから」
「あーん」
プラ子は机に身を乗り出し迫ってくる。逃れられそうにない。ふと、窓の外を見ると、やっぱり月は輝いていた。
「お月様の馬鹿……」
そうアルトルージュは呟いて目の前のニンジンを口に含んだ。
モグモグと食べる。甘いニンジンの味が口の中で広がった。
つづく。
ごめんなさい。MAR同志に触発されて書いてしまいました。いや、実はぼくもプラ子のアイデアを聞いたとき、お話書こうと決意して色々と考えてたのですが同志に先を越されました。最も、ぼくのはじめに考えてたもの以上の凄い出来だったのですが。ほんと、驚いたなー。
まだ、話はチョコチョコとあります。もし、よろしければ‘こんなのもあるのか’程度に温かい目で見てください。
では、次回作にて。
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プラ子たん大人気でふな。
よもやユウヒツさんからこのような形で頂けるとは思いもしませなんだ。
やっぱり振り回されまくるアルト様哀れ。だ が そ れ が い い 。
ユウヒツさん、どうもありがとうございましたー!