3へ
2.ナルキッスス
――――――――――――
「さぁ、次はわたしの番ね、ありす」
橙子を死の光を降らせる月とするなら、青子は差し詰めすべてを灼き滅ぼす太陽か。
意地悪なくせに人の良いの魔法使いは、いつもどおりどこか抜けているような底抜けに明るい声で、まるで歌うように高らかに声をあげる。
いつもなら喜んで尻尾を振るだろうが、生憎と今の俺には少々その光は眩しすぎて目に痛い。
例えるなら水の底に棲む熱帯魚、いくら太陽が恋しくても、水面に出れば臓物を吐き出してのたうつだけ。
「えぇ、どうぞ青子」
有珠は答える。その抑揚の無い声音には、まるで飽きたおもちゃを召使に捨ててこさせるような程度の感傷しかない。
「じゃあ、遠慮なく」
「えっ、あ!?」
青子は軽々と俺を抱きかかえた、まるで母親が小さい子供相手にするような姿勢でおっぴろげ、恥ずかしくて死にたくなる。
「な、なんのつもりだよっ!?」
必死で抗議の声をあげるも、華麗にスルー。
本当に情けなくて、怒るべきか悲しむべきかも分からない。
「おいっ」
「別に、ただあの女が触れたとこはちゃんと洗って消毒しておかないと気がすまないだけよ」
執拗に聞き返して、帰ってきたのがそんな答え――――同族嫌悪も、此処まで来ればたいしたものだ。
「ははっ」
後ろから笑い声、視線を向ければまだ精液まみれになったままの橙子が、壁に背中を預けて紫煙を燻らせていた。
「なかなか愉快な格好じゃないか、草十郎」
そう言う風に言われると、どうしようもなくその視線を意識してしまって恥ずかしい。
「おい、笑い事じゃ…………がっ」
抗議の声をあげようとしたら脳みそがおもいっきり揺さぶられた、どうやら殴られたらしい。
「行くわよ、草十郎」
殺意すら漂わせて青子は言う、ああ怖い、女の嫉妬がこれほど恐ろしいものだとは露とも知らなかった。
結果として俺は、青子の手の中で貰われてきた猫のようにおとなしくしている他は無い。
そんな俺を見て、橙子はくつくつと声をたてて笑っている。
まったく意地悪で、どうしようもなく不公平だ。
そんな風に考えていると、手荒くバスルームに放り出された。
盛大に腰を打って、地面に転がる。
「いってぇ、今のは乱暴だぞ青子」
そう思いながらも、心の隅では『ひょっとしてお風呂エチーですか? バッカスですか?』などと期待している俺ガイル。
これも薬のせいなのだろうか、我ながらえらく下品で激しく自己嫌悪。
「ふん、あんな女に鼻の下伸ばしちゃって、少しはそこで反省なさい」
――――あれ? ひょっとして、ほんとに嫉妬してくれてる?
ぴしゃりと扉が閉まり、俺の思考は中断した。
青子の最後の言葉が気にか掛かった。周りを見れば、ホテルの一室にしてはかなり広く贅沢な感じのバスルームである。
「なんだ?」
その床に何か黒い塊がデンと鎮座している。
大きさ的には一抱えくらいか、不定形のソレはまるで革の衣類のように奇妙な光沢を持っていて、その癖触れば崩れてしまいそうなほどの柔らかさでぷるぷると震えている。
第一印象は石油で作ったプリン、しかし何故かアレから酷く嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
とにかく詳しく調べようとして、立ち上がって手を伸ばした瞬間。
――――ギョロリ巨大な眼を開いたソレと、ちょうど眼が合った。
あまりのことに固まる、思考は緊急停止してただいま復旧中。朱色の瞳孔に射すくめられ、眼を逸らすことさえできなくなっている。
『ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるふ』
眼を見開いた黒い物質から、幾本もの触手としか言いようの無い物質が伸びる。
細いものから太いものまで、なかには先端にこまかい棘がびっしりとついているものや花が開くように開閉を繰り返しているものまである。
ぬたぬたとのたくりなくりながら、そのなんとも名状しがたい物体は俺に向かってくる。
「やめろ……!」
やめろと言われて、とまる馬鹿はいない。
「来るな…………!!」
黒い触手の一本一本には、気味の悪い粘液が付着し光を反射しててらてらと光っている。
どこに口があるのか、奇妙な祝詞は止まることなく流れ続く。
「ひっ!?」
『るるいえ うがなぐる ふたぐん』
足に、触手が巻きつく。
一見黒い護謨製の烏賊の足にも見えるそれには、表面にびっしりと極細の突起が付着している。
それがぞろりと皮膚を撫でるものだからたまらない、途方も無い嫌悪感が襲ってきて俺はもう、あっ、嫌っ……だめっだめです、だめ、きちゃう、くる、く…る、くるくるくるクるクルくル狂狂るク狂ル狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂狂…………
『いあ! いあ! はすたぁ!』
友達(エモノ)を見つけて嬉しいのか。
噛み銜えた俺を傷つけないようにゆっくりと咀嚼しながら、怪物は蠢動し打ち震える。
ゴリゴリとした感触、噛み千切らないようにゆっくりと骨を押し砕く。
どう見ても触手プレイです、本当にありがとうございました。
――――暫くお待ちください
「ご、ごめんね草十郎……悪かったってば」
部屋の端で膝を抱えてさめざめと泣く俺に向かって、青子は慰めの言葉を掛ける。
だがそれがいかほどの効果があろう? 部屋の反対側からはいまだくすくすと押し殺した笑い声がペアで聞こえてくる。
汚されてしまった、なんかの失敗作とか言う化け物にこの体を穢されてしまった。
意思に反して蹂躙され陵辱され、無理やりに感じさせられてしまった。
何と言う屈辱、どうしようもない喪失感。狂いそうな衝動に忘我する――――男の俺が言うのもおこがましいが、少しだけレイプされた女性の気持ちと言うのが分かった気がした。
ああ、自分がほんの少しでも足をつっこんでみて分かった、それは何と言う絶望だろう。なまじ分かったつもりになって同情しておいて全然分かっていなかったのだ。
痛みと共に強引に胎内に押し入ってくる剛直を、無理やりに受け入れされたとき俺は自らの愚かしさを悟っ……
「もしもーし?」
そんな俺の傷ついたロンリーハートなど一顧だにせず、青子はずかずかと俺の領域に踏み込んでくる。
「ほっといてくれ……」
「そう言われてもね、まだわたしの番が終わった訳じゃないし」
それは青子の都合だろう、俺には関係ない。
そうは思っても、到底目の前の暴力女は許してくれそうもなかった。
「ちょっと、何よその目は……今失礼な事考えてたでしょう……」
「べーつに、何でもないですよ」
他人から見ても明らかに不貞腐れている、だがそんな自分の感情に制御が利きそうも無い。
ていうかあれだけ凄いことされてよくこの程度のトラウマを負う程度で済んだな俺。意外と凄いぞ、俺。
「えいっ」
そんな事は関係ないとでも言うように、背中に唐突に柔らかな二つの感触が押し当てられる。
咄嗟の事に俺は面食らった俺は、あまりにも情けない声をあげて仰け反った。
「んなっ!?」
「お詫びにサービスしてあげるから、機嫌直しなさい」
ぎゅっと背後から抱きしめられる、その柔らかさの正体を知っているはずなのに、俺の馬鹿な頭は全然働いてくれない。
――――それなのに、しっかりと身体が反応していることが情けなくてしょうがない。
「あ、もう。こんなになってる……」
「ちょっあお……う、あ」
柔らかい青子の掌、青子は撫でるような手つきで俺自身を手に取ると、そのままゆっくりと扱きはじめた。
「これで、気持ちいい?」
おずおずと怖がるように、上目遣いで青子は問いかけてくる。
そんなのは卑怯だ、身体の中にはまだ変な薬の残り香らしき熱い塊が、ちろちろと熱で以って俺を焼いている。
だからこれ以上やられたら、俺自身ほんとどうなってしまうか分からなかった。
「えっと、やっぱり……して欲しいよね?」
「な――――に、を……?」
真っ赤になってそっぽを向きながら、青子はそんな事を聞いてくる。
ぐちゃぐちゃになった頭では、その意味がわからなくて、俺は思わず問い返してしまった。
「だから、おっぱい……よ…………」
青子は何を言っているのだろう?
わからない、わからない、わからないからもう一度聞き返す。
「おっぱいで、なにを……?」
「あー、もう恥ずかしいんだから何度も言わせないでよ、だから……その、私のおっぱいで草十郎の、おっ、オッ、オチン……チンを挟めば……」
青子の言葉は尻すぼみで小さくなっていき、最後のほうはほとんど聞き取れなかった。
ひょっとして、青子はお詫びに俗に言うパイズリと言う奴をやってくれると言う事だろうか?
だとしたら拙い、今の俺じゃそんな最終兵器を前にしたらきっと理性が保てない。
我ながらどうしようもないほどに優柔不断、だがしかし始まってしまえば止め様がない。
何か言おうとして口を開くが、しかしそれより前に青子は行動に移っていた。
「――――恥ずかしいんだから、目を閉じててよね」
「あっ、ああ……」
自分でも何を言っているのかわからないまま、場の勢いに流されてしまう。
柔らかな青子の身体が、俺から思考力を奪い去っていく。
目を瞑ったまま青子の言葉を待つ。見えないからこそ余計に意識してしまって顔が赤くなる。
「んっ……」
思わず声が出てしまう、青子に聞かれてしまったかと思うと、無性に恥ずかしくて情けない。
僅かな物音と共に柔らかい感触は臍のあたりに移動した、触れた部分から青子の体温が伝わってくる。
「こうやって、やるんだよね?」
そう言われても、目を閉じているから見えるはずもない。
少しくらいならいいかな? と思って薄目を開けると、即座に拳骨が飛んできた。
走る痛覚、頭蓋骨が歪むほどのクリーンヒット。正直言ってぐうの音もでません。
「ふぎゃ!?」
「――――見るなって言ったでしょ、私だって恥ずかしいって言ってるでしょ!」
そんな事を言いながらも、青子はまだ続けてくれるようだった。
「――――いくわよ」
どうやら青子は意を決したらしい、その声に続くようにして、柔らかい二つの膨らみが俺の生殖器を押し包む。
ふにゃりとしたその感覚は膣のなかとはまた違っている、柔らかくひたすらに柔らかく形を変えながら俺のモノを包み込む。
「くふっ……」
思わず声が漏れる、青子はゆっくりと身体を揺らし始めたらしい。
痛いほどに張り詰めた生殖器を、二つの膨らみが押し包み愛撫する。
前へ、後ろへ、ゆっくりとした前後運動。ただそれだけの事なのに今の俺には刺激が強すぎる。
「あ、青子っ!?」
そこにさらに刺激が加わるのだから、たまらない。
ざらついた舌の感触が、張り詰めた先端部分をちろちろとぎこちなく攻め立てる。
今にでも出してしまいそうになる、けれどそんなもったいないことは出来なかった。
アナルにきゅっと力を籠めて、歯を食いしばりながら押し寄せてくる快感の波に耐えている。
「ねぇ――――気持ちいい?」
鼻に掛かった甘ったるい声、頭では分かっていてもそれが青子のものだとどうしても思えない。
だってこの声はあまりにも可愛らしくて、女らしくて、甘くって、青子とは似ても似てつかない。
――――俺の知っている青子はもっとガサツで、人の事なんか全然気にしなくて、それでいてどうしようもなく輝いていて、だからこそ俺は……
そんな思索はあっけなく快感に駆除されてしまった、体中の神経に電流が閃いて、ぶるっと身震いしてしまう。
「はぁ、は、はぁ……あっ!」
息が激しい、酸素が全然足りてない。
青子はどんな顔をして俺のモノを挟んでいるのだろう? 恥ずかしがってるのか、それとも存外平気な顔をしているのか、それとも……とんでもなくいやらしい顔をしているのか。
それなりに付き合いが長いはずなのに、青子がどんな顔をしているのか全然想像できなかった。
ああ、見たい。どうしようもなく青子の表情(カオ)が見てみたい。
どうしても目を開きたいのに、開いたらおしまいだと言うジレンマ。
それがまるで呪いのように俺の身体を縛り付ける。
「ん、ぁ……どう? 何か言いなさいっ、よ」
青子は意地悪だ、耐えているだけで精一杯なのに返事なんか出来るわけがない。
ぬちゃぬちゃと擦れあう身体と身体、時折下腹を乳首と思わしき硬さが撫でていく。
それがあまりに気持ちよすぎて、いつしか腰を突き出していた。
柔らかい肉に挟まれたグロテスクな肉棒が、ぬちゃぬちゃと淫らな音をたてて上下する。
時折ペニスがずれてしまっておっぱいからはずれるけれど、青子はすぐにまた胸の間に挟みなおしてくれる。
青子の奉仕は酷く懸命で、だから俺はそんな青子の姿を想像しただけで、信じられないほど滾っている。
「あっ、っあぁ!!」
終わりが近い、腰には白濁した泥が凝り、今か今かと開放の時を待っている。
「んっ、はぁ、んちゅ、ぷあ」
俺の声音から察したのか、青子の舌の動きが激しくなる。
亀頭ばかりを重点的に、ぺろぺろとアイスキャンディーでも舐めるかのように舌を動かす。
疼く、使いすぎた肉の棒がどうしようもないくらいにじんじんと疼いている。
出してしまいたくて、けれど出したら終わってしまうと言う二律背信に狂いそう。
「ほら――――草十郎…………」
それがトドメ。
俺は堪らずに目を開いてしまった、暗さに慣れた目が一瞬だけ眩み、すぐに網膜に目前の光景が焼きついた。
――――青子は自分のおっぱいに手を添えて、泣き笑いのような酷く淫らな顔で一心不乱に俺自身を舐めていた。
想像通りのそんな光景が、どうしようもないくらいに胸を衝く。
「うっ、あぁぁぁああっ!!」
湧き上がる泥を押さえることができない、快感と共に精液が尿道を伝っていく。
衝動のままに、恥骨を叩きつけるかのように青子の胸にペニスを擦り付ける。
「ごめん青子、でっ……」
最後まで言い切ることなく……俺は果てた。
一瞬だけ視界が白くなって、すぐに晴れる。体中に嫌な倦怠が纏わりついてきて立っていることすら億劫だ。
「はぁ……はぁ…………はぁ………………」
荒い息をつきながら、項垂れた。
すると当然、上目遣いに俺を見る青子と視線が合う。
「えっと、巧くできたのかな? 私」
不安げな青子の声、今回の射精は幸いいつもと変わらなかった。
どうやらあの大量の精液は最初だけの効果だったらしい、けれどどうやら青子はそれを不安がっている――――ちょびっとした射精(だして)くれなかったからひょっとしたらあまり気持ちよくなかったんじゃないかと? そんな柄にも無い心配をしてくれているのだ。
それが嬉しくならないわけがない、とっとと答えて青子を安心させてやることにしよう。
「うん、凄く気持ちよかった……」
この感謝の気持ちを伝えるには直球のど真ん中な言葉しか、きっと青子には届かない。
あーくそ、心臓がバクバク言ってる。分かっていても面と向かって言うのはこの俺にとってもすっごく恥ずかしかった。
「そ、そう?」
出来るだけそっけなく振舞おうとしているみたいだが、てんで駄目。
そんな林檎みたいな顔で俯いておいて、そっけないも何もあったもんじゃない。
――――今まで気づかなかった、いや気づこうとしなかったけどコイツはとてつもなく可愛い奴だったのだ。
心のなかにもやもやと浮かび上がってくる訳の分からない感情、しょうがないので前言を撤回する。
「けどさ……」
「――――えっ?」
慌てて顔を上げたときにはもうアウト。
「まだ全然足りない!」
「きゃ……」
にやにやと笑いながら、俺は青子に向かって不意打ちで正面から抱きついた。
うん、ぷにぷにとした肌の感触が、実にいい。
「ちょっと、草十郎……!?」
困惑した青子の抗議は一切無視、その愛しい身体をぎゅうっとぎゅっと抱きしめる。
「ごめんな、俺もっと青子が欲しい」
「――――っ」
「もっともっとエッチな青子の姿を見てみたい、いいよな?」
はっちゃけている、今までがダウナーなら今はアッパーだ、躁鬱が目まぐるしく変転する。
「ちょっ……」
「まぁ、断ってもやるんだけどね」
まだ俺の精液で汚れた肌に熱烈なキスを送る、苦いその液体を舐め取る。青子は呆然とそれを受け入れて、時折可愛らしい悲鳴をあげ、いじましいことに俺を喜ばせてくれる。
鎖骨を舐めあげ首筋に舌を這わす、押しのける腕も力が入ってないのならなんのことはなかった。
あはは、どうしようもなく楽しいや、しかしどうしたんだ俺? 悪いクスリでもやったかな?
「気持ち良いな、青子とエッチなことするのはすごく気持ちいい」
「草十郎、何言って……」
青子はすごくわかりやすい、照れて照れて可愛そうなほど照れてふるふると真っ赤になって震えている。
そんな青子が、いやいやをするように首を左右に振って恥ずかしがっている青子がどうしようもなく美しく愛しい。
「ん、おいし……」
「ひうっ!?」
ぞろりと、僅かに頬を濡らす涙の珠を舐め取った。
わずかにしょっぱくて気持ち苦い、そう言えば嬉しいときの涙はあまりしょっぱくないらしけれど、本当なのだろうか?
思考が纏まらない、考えたことが次から次へと駄々漏れに漏れていく、どうしようもなく幸せで幸せでこのまんま死んでしまいそうだ!
「あはは、はは、あはははは」
嬉しくて嬉しくてしょうがない、だってまだ宴は始まったばっかりで、まだまだ俺は青子とエッチなことができるんだから。
俺は青子を抱きしめたまま、どうしようもなく幸せな気持ちで笑い続ける。
けたけたとけたけたと、俺は幸せな気分で笑い続ける。