| 月姫 ショートストーリー
全員の眼はテーブル上の物に注がれていた。 「さあ、どうしましたか。わたしの自信作です。どうぞ食べてください」 ニコニコ笑うシエルの催促に皆はお互いを見て牽制する。 「遅くなって申し訳ありません」 ひと仕事を終えた翡翠が居間に入ってきた。 「どうかしたのですか」 翡翠の問いにシエルが、 「聞いてください翡翠さん。みんながあたしのケーキを食べてくれないのです」 すこしすねた声で翡翠に言った。 「そうですか……とてもおいしそうなのに」 そう言って翡翠はケーキを手にとる。 「おいしいでしょう?」 シエルの問いかけには、 「ええっ、おいしいですよ。ただ、少し味が薄いですね」 と、翡翠は静かに言った。 「ほら、皆さんも食べてください。翡翠さんもおいしいと言ってくれてるでしょう」 シエルの催促に皆はどうしても応える事はどうしても出来なかった。 「は〜あ、みんなおはよう」 やっと起きたアルクェイドが居間に入ってきた。 「なんですか、その格好は」 秋葉がアルクェンドの格好に眦をあげる。 「あっ、妹、おはよー。これは志貴の服と同じサイズなの。志貴って、小柄に見えて結構逞しいのよねー」 両手を上げると手首が袖で隠れてしまう。だらりと下がった袖がなんとも可愛い。 「ですから、妹でないと何度言ったら……それは長くなるから置いておくとしても、その格好で屋敷内を歩くとは 秋葉はドアのほうに指差していった。 「あっ、おいしそ‐。琥珀ー。わたしにお茶入れてー」 聞こえていなかったかのようにソファーに座る。しかも志貴の隣りに。 「聞こえなかったのですか、アルクェイドさん」 秋葉の激昂には、 「別にいいじゃん。男は志貴しかいないし、志貴には全部見せてしまっているから今更恥ずかしがる間柄でない どうやらカリーは男として認識されていないらしい。 「ほんと、おいしそうー。ね、誰作ったの」 「話を聞いてくださーい」と喚く秋葉を尻目にアルクェイドはみんなに聞いてみる。 「わたしですけど」 シエルは少し困った顔で言った。 「ふーん。結構余ってるみたいだけど、みんな食べないの」 アルクェイドが回りを見渡して言うと、 「ええ、なんか皆さん、わたしのケーキを警戒してるみたいなんです。でも、翡翠さんはおいしいといってくれまし シエルとすれば秋葉みたいにアルクェイドのふしだらな格好には文句の一つや二つは言いたい所。 「ふーん、もったいないね」 そう言ってアルクェイドはケーキを口に運ぶ。 「おいしいよー、志貴。早く食べなよ」 口元についたカレー色クリームをぺロリと舌でぬぐうと、もう一口かぶりつく。 「おっ、おいしいのか?」 志貴はおそるおそる聞いてくる。 「うん。おいしい」 単純明快な答えが返ってくる。 「かっ、カレーの味とかしないのか」 志貴の危惧していた事を聞くとアルクェイドは少し考えて、 「そうね、確かにカレー粉は使っているね」 と、意地の悪い笑みを浮かべていった。 「そういうわけで、遠野くんも食べてくださいね」 ニコニコ笑いに強いプレッシャーを乗せてシエルは言った。 「そうだよー。ほんとにおいしいよ」 足をばたつかせて勧めるアルクェイド。 「美味しい」 驚いたように言葉が漏れた。 「美味しい。凄く美味しいよ」 安堵のあまりはしゃぐ志貴。それを見て、琥珀と秋葉もケーキを手に取った。 「美味しい」 二人も感嘆の声をあげる。 「本当に美味しいですよシエル先輩。カレーだけでなかったんですね」 志貴の言葉にはなぜかこめかみを引きつらせて、 「わたしだって、毎度毎度カレーばかりを作ってるわけではないですよ。それにカレー味のケーキとは何事です とシエルは言った。 「ほんとに美味しい。アルクェイド、どこがカレーの味だよ。ぜんぜん違うじゃないか」 志貴の言葉にアルクェイドは、 「わたしはカレー味がするとは言ってないよ。カレー粉を使ってるといったのよ」 と言った。その言葉に志貴の動きは止まり、 「えっ、それって……」 首をかしげる。 「お汁粉の原理ですね」 一つ食べ終えた琥珀は静かに言った。 「ええっ、その通りです」 シエルはにっこりと笑って肯定した。 「黄色いクリームはかぼちゃを使った物。トッピングもかぼちゃとアラレを使用してますよね。 琥珀も手放しで誉める。 「本当ですね。シエルさんにこんな特技があるなんて、意外でしたわ」 秋葉も美味しそうに食べながら言った。 「ありがとうございますね……昔からの夢があるんです。小さな田舎町に小さなケーキの店を愛する人と開くの 優しい口調で話すシエルに、 「あららっ、奇遇ですねー。わたしも小さい街に小さな喫茶店を翡翠ちゃんと開くのが夢だったんです。 ……なぜだろう、空気が緊張し、こわばりを持つのは。なぜだろう。 「ははっ、かっ、カレー粉が隠し味に使うなんてさすがだなー」 なぜか、志貴の背筋が凍りつく。 「ありがとうございます。これは琥珀さんのために考えたのです」 ふたたび、空気が和らぐ。 「わたしにですか?」 琥珀は不思議そうに首をかしげる。 「はい。そもそも、インドにはカレーという料理は存在しないんです。あれはヨーロッパの人が勘違いした物です」 カレーの起源については諸説は色々ある。有名なのものにインド人の料理を見てポルトガル人が「これはな 「いわば、日本の醤油のようなものなのです。カレーとは一つの料理ではなくスパイスを巧みに使った料理の総 真逆の発想。シエルはからめてで責めたのだ。 「うーん、確かにそうですねー。こんな美味しいケーキではか弱い女の子には抵抗できません。見事です」 琥珀の言葉に秋葉とアルクェイドはうんうんと頷く。 「いいですよ。お一人二つずつ用意しましたから……あなたはもう二つ食べたでしょう」 シエルはレンに優しく微笑み言う。同時に三つ目に手を出そうとするアルクェイドをたしなめる。 「そうですか……では、お言葉に甘えまして」 琥珀はそう言うと二つ目のケーキに手を出した。 「姉さん?!」 翡翠がすぐに琥珀を介抱する。 「大丈夫です。少し、むせただけです」 けほっけほっ、と咳き込みながら琥珀は翡翠を押し留める。 「カリーさん、紅茶が無くなったみたいですね。よろしければおかわりを注ぎますよ」 にっこり微笑んでいった。 「ええっ、いただくわ」 カリーもにっこり微笑む。 「どうぞ」 カリ‐の席に近づき、カップに紅茶を注ぐ。 「ありがとさんね」 そういって、カリ‐は紅茶をすする。 「血……血の味がするー」 そう言ってぴくぴく痙攣する。 「ふふっ。あなたのやったことをそのままお返しさせていただきました」 目を不気味に光らせて琥珀は言った。 「カリ‐、何をしたんですか」 慌てて、開放に向かったシエルはカリーに問い詰める。カリ‐はぴくぴく痙攣するだけだ。 「力を使って、琥珀のケーキの味を変えたみたいね」 アルクェイドは静かに言った。 「あははっ、その通りです。こんな事もあろうかと血の味に変換させる薬を調合していて良かったです。 そういって、袖元からリモコンを取り出しボタンを押す。 「ワッ」 床がパカッと開き、カリ‐とシエル。さらに近くにいたアルクェイドと志貴まで巻き込む。 「あはー。少し失敗しましたー」 琥珀はごまかすかのように笑った。
「やっと、戻ってこれたー」 志貴たちは息も絶え絶えと言った感じで地上に出てきた。 「ううっ、琥珀怖いよー」 ネコアルクは耳をたれ下げ尻尾も垂れて震える。 「はあっー、疲れました。まったく、カリーのおかげでとんだとばっちりです」 シエルは溜息をつく。 「……面目ないです」 カリーは力なくうなだれる。地下でも散々責められた。 「ねえー、シエルー。もう諦めようよー」 アルクェイドはそう言って懇願する。 「そうですね……そのほうがいいかも知れませんね。残念ですけど」 ボロボロになった服をみて、シエルは溜息をつく。 「いや、そうはいかない」 志貴の言葉に皆が驚く。 「ちょっと、志貴ー。どうしたのー」 アルクェイドとシエルは口々にそういう。 「確かにそのとおりだ。だけど、気になるんだ。琥珀さんのカレーに対する笑顔は昔の虚ろな笑顔だ。 志貴はずっと考えていた。琥珀さんのカレーに対する態度を。昔の己を捨てた笑顔と同じ。 「志貴……」 二人が呆然として志貴の決意を見ていると。 「知りたいですか、志貴様」 突然、後ろから翡翠が現れた。アルクェイドとシエルは気配も感じさせずに翡翠が現れたのを見て驚いている。 「知っているのか、翡翠」 慣れている志貴は動じずに聞く。 「はい。どうして姉さんがカレーを料理として認めないのか。そして、それはわたしの味覚がおかしいと言う事に 翡翠は淡々と言う。 「私たちの母親、瑠璃のせいなんです」 そう言って翡翠の告白が始まった。
「違うと思います」 沈黙を破ったのはシエルだ。 「わたしの母は、詳しい事は分かりませんが古い名家と聞いてます。母と父が結婚するのに家は大反対したそ シエルの言葉に皆黙る。シエルは知っての通り自らの手で家族と故郷を滅ぼした。そのことを口に出すだけ 「遠野くん。わたしが茶道室を拠点としているのも母の影響です。母は家を嫌って飛び出しました。 シエルの言葉を引き継ぐかのようにアルクェイドはいう。 「志貴。わたしと琥珀は似てると思う。琥珀は自らの意思で。わたしはそういう風に育てられて。 二人の懇願には志貴は考える。 「でも、どうやって?」 志貴の思いを代弁するかのようにカリーは言う。 「方法は一つある」 志貴は静かに言う。 「琥珀の母親のカレーを食べさせてあげればいい。そうすればきっと、分かるはずだ」 だが、志貴の言葉に苦汁は見える。 「だけど、どうやって再現すればいいか分からない」 そうだ、翡翠と琥珀の母親、瑠璃の味は二人しか分からない。琥珀に聞けるのではないし、翡翠の舌は母の 志貴の苦しみには以外のところから助けが出た。 「そうか、レンなら……志貴ー。翡翠と琥珀の母のカレーを再現できるよ」 アルクェイドは嬉しそうに言う。 「けど、辛いわよ。覚悟はいい」 その脅しには動じず、 「もちろん」 と志貴は応えた。 「そう。シエル。カリー。あなた達も協力してもらうわよ。そして、翡翠。あなたもよ」 アルクェイドの言葉には誰も拒む者は居なかった。
はあー、疲れました。 「おかえりー」 志貴が、 「お疲れ様、琥珀さん。夕食は出来ているよ」 「志貴さんもそんな馬鹿げた事に参加するのですか。わたしはカレーは料理として認めてません。 きっぱりという琥珀に翡翠が声をかける。 「姉さん。このカレーはただカレーではありません。わたしの求めていたカレーなのです」 その言葉に首をかしげる琥珀。だが、カレーの匂いをあらためて嗅いだ時に気付いた。 「まさか」 本当に驚いた顔でカレーの入った鍋を見る。 「そう。琥珀と翡翠の母さん──瑠璃さんの作ったカレーだよ」 今度こそ驚愕な顔になる。 「でも、どうやって……」 かろうじてそれを呟いた。 「レンが協力してくれたの。翡翠の思い出からカレーの味を志貴に覚えこませて、シエルとカリーで作ったのよ」 アルクェイドはレンの頭をなでて言う。 だが、それは容易な事ではない。何度も試食し失敗しながら作り上げたのだ。 「だったら、なおさらです。 きっぱりと拒絶した。 「いいえ、あなたはそれを食べなければならないのよ」 意外なところから声がかかる。食堂に入った秋葉が強い口調で言ったのだ。 「秋葉さま──」 不思議そうな顔で秋葉を見る。同時に理解する。全ては秋葉の思惑なのだ。シエルが琥珀にカレーを食べさ 「いくら、秋葉さまの命令でもこればかりは聞けません」 少々、声をこわばらせて琥珀は言った。 「違うわ、琥珀。これは命令でなく懇願なの。あなたに母の味を大事にしてもらいたくて──琥珀。 一転して優しい口調で諭すように秋葉は言う。その言葉の途中に志貴が 「秋葉。俺にとってのお袋の味は啓子さんの味だ。それでいいじゃないか」 少し強い口調でさえぎった。 「分かりました」 そう言って、琥珀は椅子に座る。 「ほら、翡翠も」 そう言って翡翠も座らせる。 「これです。これがわたしの求めていた母の味です」 翡翠は嬉しそうに声をあげる。 だが、琥珀は動かない。 「まずいです」 一言だけ呟く。 「酷い話です」 さらに呟く。 「ルーは市販の安物にお湯でといた物。しかも量を作るためにかなり多めにお湯を足している。これではトロミ 声が震えていた。 「そんなのを当時は美味しいと思っていたのです。そんな物を当時は何度もお代わりしたのです」 もう、堪えきれない。 「志貴さん。どうして貴方は何度も壊すのです? どうしてそっとしてくれないのです?」 くしゃくしゃの泣き顔で志貴に向かって言った。 「あの……」 琥珀は恥ずかしそうに志貴に言う。 「お代わり……いただけませんか?」 その言葉に志貴は応える。 「いいよ。さあ、食べよう。みんな食べよう。琥珀と翡翠の母さんの瑠璃さんのカレーをみんなで食べよう」 そう言ってみんなに勧める。
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| ユウヒツさんより頂きました、「琥珀の歌 カレーライスの歌」、堂々の完 結でございます。 最初第一話頂いた時は、コテコテのギャグ作品になると信じて疑わな ユウヒツさん、素敵な作品、どうもありがとうございました〜 そして同時にちょっとしたおまけも受け取っております。 |