「謝った方がいいと思うな」
「ごめんなさい」
冒頭初っ端のセリフが謝罪という、世にも情けない主人公がここにいた。
毎度お馴染み、僕だった。
七月三一日。
先日の埋め合わせとやらにウキウキと期待を膨らませながら、羽川とのワクワクお勉強会のため図書館へとやってきた僕を出迎えたのは、なんだか困った顔をした羽川だった。
これは余談だが、僕は羽川の困った顔が大好きである。なぜなら、台所の黒ずみから国家間の陰謀までなんでも解決する万能選手の羽川つばさを困らせることができる人間は、世界広しと言えども僕だけであり、つまり彼女の困り顔を見ることができるのも世界で僕だけだからだ。
いやっほう、羽川さんを一人占め!
そんなわけで、のっけからテンションの上がった僕はごめんどころかむしろありがとうと言いたいくらいだったのだが、羽川は開口一番に先のセリフを放ってきたので、僕も脊椎反射で謝ったわけだ。ここらへん、いかに羽川に対して謝り慣れているかが知れると思う。
ちなみに僕は羽川にごめんなさいするのも大好きである。なぜなら中略いやっほう、羽川さんを一人占め!
ESPなんかなくてもカードの裏の模様を言い当てられる千里眼の持ち主と評判の羽川をして、まったく反省の色が見てとれないのも当然だった。
「ところで羽川──僕は何に対して謝っているんだろう?」
「わからないで謝ってたの?」
わあい、羽川さんが呆れているぞ。嬉しいなあ。
羽川が額に手を当てて溜息を吐く姿を見ていると、背筋にゾクゾクと快感が走るんだよなあ僕!
とはいえ、だからといってこれを見たいがためにわざとすっとぼけてみたというわけではなく、謝る理由がわかっていないのは本当だ。
ただし、心当たりが無いわけではない。
むしろありすぎるくらいだった。
例えば、八九寺相手に飽きもせず毎度毎度、飽くことなき向上心をもって行っている接触派ボデイラングエッジ略してセクハラなどは、羽川に知られたらとてもマズイ方向に誤解される可能性が高い。
僕自身には、けして疚しい気持ちなどなく、むしろ仕方なく、八九寺のためを思ってやっているのだが。うん、説得力の無さに僕自身ですら騙せそうにねぇ。
もしくは最近の出来事で考えるならば、神原の全裸を見てしまったことも危険度が高い。あれは真実不可抗力だったのだが、そして本当に危ない部分は見ていないのだが、背面だけとはいえ女の子の裸をマジマジと観察してしまったことはやはりいけなかった気がする。
いや待てよ、もっともタイムリーな話といえば、やはり火燐ちゃんのファーストキスを奪ってしまったことだろうか。
あれも理由があっての行為だったが、熱を出して弱った実の妹を半裸に剥いたあげく、無理やり唇を奪って泣かせたというのは、言葉じりだけ取るとエライことになるのではないだろうか。
というか、エロイことだ。
しかもよく考えてみると、今挙げたものに限らず、思い浮かぶ心当たりはどれもこれもエロ関係だった。
とんだ変態野郎もいたものである。
まあ僕なんだが。
「じぃーっ」
「羽川? なんでそんな、七撃で全てをなぎ倒しそうな擬音を口で言いながら僕を睨んでいるんだ?」
「阿良々木くんの考えてることを透視してるの」
「マジで!?」
カードの裏どころか、心の中まで見透かせるらしい。
……羽川なら本当にありそうなところがおそろしい。
僕の赤裸々に淫ららな思考が、すべて羽川に伝わっていたかもしれないと考えると──興奮するなあそれ!
その、反省する気が皆無な僕の心を本当に透視したみたいな絶妙のタイミングで、羽川が呟いた。
「……いいかげん、見捨てちゃうべきなのかな」
「ごめんなさい!」
ものすごく反省した!
だから見捨てないで!
もっとかまって!
「ちょ、ちょっと阿良々木くん!?」
羽川に見捨てられるという、ちょっと想像しただけでも超泣ける未来を回避するため、僕の体はマッハで土下座を敢行していた。
夏休みの図書館で。
衆目を集めまくりだった。
公道で逆立ちして歩き回る妹を持つ兄の恥ずかしさを、さんざん訴え続けてきた僕だったが、やはり兄あっての妹ということなのかもしれない。今の僕に、恥ずべき気持ちは欠片も存在しなかった。
でも、司書のおねえさんには超怒られました。
「…………」
「…………」
羽川に、迷惑をかけてしまった。
とんだ失態である。僕は羽川を困らせるのは大好きだが、迷惑をかけるのは大嫌いなのだ。
どっちも同じだと言うなかれ。僕の中では、この二つは明確に区別されたものだ。
「もう。次は私も怒るからね?」
裏を返せば、今回は──いや、今回も許してくれるという意味の羽川の言葉に、僕は苦笑した。まったく、羽川に嫌われたら生きていけないとまで思っているくせに、こうして度々調子に乗りすぎる僕は馬鹿としか言いようがない。
いや、Mとも言えるが。
「さっきの話だけれど」
うん? ああ、そういえば僕は何かに対して謝らなきゃならないんだったか。別口での謝罪が連続したので忘れかけてたけど。
「謝った方がいいのは、私にじゃなくて、戦場ヶ原さん」
「戦場ヶ原に?」
戦場ヶ原ひたぎ。
僕の彼女であり、M需要に対するドSの過剰供給源。僕をいじめることをおかずに三度の飯を食い、息を吸っては二酸化炭素の代わりに僕への暴言を吐くツンドラ女である。
こんな女と三ヶ月も付き合っていて、それでも惚れ抜いていることが、僕が僕自身をMであると認めざるを得なくなった理由だ。
仮にも恋人である僕を指して、虫やらゴミやら人間未満などといった呼称を用いる女となんて、Mじゃなければ付き合い続けられるはずがない。
というか、Mでも耐えがたくなることがしばしばだった。
この三ヶ月で、心無い暴言に対する僕の耐久力は、バトル漫画の宿命みたいにインフレしっぱなしなのだ。
そんな相手なので、謝ってほしいことなら口の中にホッチキスを突っ込まれたことから数えて星の数ほどあるが、逆に謝らなければならないこととなると。
「うーん。やっぱりわからないな」
ということになる。
もっとも今度もまた心当たりが思い浮かばないという意味ではなく、ありすぎて見当がつかないのだが。
しかしそこは戦場ヶ原。羽川相手のときとは違い、心当たりがありすぎるのは僕が謝らなければいけない理由ではなく、戦場ヶ原が僕に対して怒りそうな原因である。
僕から奪い取ったマッチで放火して、その罪を僕に擦りつけた挙句私刑を行い、一日に5回くらいしか見せない貴重な笑顔を浪費するような女なのだ。
神原のお祖母ちゃんやら実の妹やらと話しただけで浮気とみなし、僕を口撃してくるのだから、心当たりなんて比喩ではなく無数にある。
僕の一挙手一投足がいちいち原因になると言っても過言ではないくらいだ。
というか、僕がなにをしなくても戦場ヶ原は口撃を加えてくるだろう。
以前、僕を言葉でなじることは趣味だと言いきられたことがある。
……なんで僕はそんな女と付き合っているんだろうなあ。
じっくり考えれば考えるほど悲しいことになる、そんな疑問はさておき。
戦場ヶ原がマリオカートで言えばクッパ様になるような、スピン必至の扱いがピーキーな女であるがゆえに。逆に、先ほど思い浮かべた、近頃の僕のエロゲー主人公ばりのエロイベントの数々は除外できてしまう。
戦場ヶ原があれらのことを知ったのなら、とっくに僕は酷い目にあっているはずだ。それはもう、筆舌に尽くしがたいというか、僕の想像力では追いつかないような。
しかも不可避である。赤甲羅どころかサンダーばりに、速攻にして即効だ。
かと言って、日常レベルのこととなると、羽川が指摘してくるような事態にはならないだろうし。
「本当になにも思い浮かばない? 阿良々木くん、また気付かないうちに、戦場ヶ原さんになにか悪いことしたんじゃないかなぁ」
いやいや待って羽川さん。なんで僕が悪いこと前提ですか。
いつも虐げられてるのは僕のほうだって、いいかげんおまえだって知ってるはずだろ!
「うーん。だって阿良々木くんって、ワリと無神経というか無節操というか無責任というか、まあその辺全部ひっくるめた上で無意識に無茶とか無理をするじゃない? あと無分別で無計画で無知無恥だし」
「そうか。とりあえず僕には無いものだらけなことは分かったけど、どうやら傷付く心は有るみたいだぞ」
「そういうところで、戦場ヶ原さんの機嫌を損ねたり、したんじゃないかなぁ」
「聞いて。羽川さん超聞いて」
超泣きそうだ。
あとムチムチなのはむしろ羽川だと思おっぱい。やっべ、興奮して語尾噛んだ。
「無礼っていうのもあるよね」
やっぱり心が読まれている!?
「阿良々木くん、全部顔に出てるよ……すごくいやらしい目付きしてる」
「……ほんと、なんかもう……生きててごめんなさい」
羽川に素でちょっと引かれてしまった。
今日は僕の株がガンガン下がっていってる気がする。
「はぁ。そうやって、戦場ヶ原さんにもいやらしいことしたんじゃないの?」
【続く】
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