「あの…流石に恥ずかしいんですが」
「何言ってるの、似合ってるわよ」
「うんうん!すごく似合ってるよ、天音さん!」
「本当に似合ってるわ、天音ちゃん」

仄かに頬を赤に染めつつ、天音は今の自分の姿を見る。
それはどこからどう見ても、完全無欠な浴衣だった。



■ そんな彼らの夏祭り ■



始まりは例に漏れず、お祭り好きなあの従兄だった。

「夏祭りに行くぞ」

と、命令形で。
ご丁寧に、祭り用の浴衣まで用意してくれたらしい。

天音が今着付けられ、そして柚子たちが着ている浴衣は直哉が用意したものである。
ちなみにどうやって調べたのか、サイズはバッチリ過ぎるくらいバッチリだったりする。
と、

「天音ー。どう、終わった?」

一回、間をおいて二回。
ノックして、ドアの向こう側から家主の舞の声が届いた。

ちなみにここはマンションの舞の部屋の一室である。
なのに、着付のために通されたこの部屋のあちらこちらに天音の私物らしき物があるのはどういうことなのだろうか。

「もう少しですよ舞さーん」
「そっか。ありがと、翠ちゃん」
「はーい」

言いながら、翠は持っていた帯を器用に締めていく。

「翠ちゃんが着付けできて助かるわー」

麻里と柚子のは麻里が着付けたが、天音と翠は翠が自分で着付けたのだ。
ちなみに着付けができる理由は翠曰く、
「イベントとかでコスプレする時、着物とか着るときありますから。結構多いんですよ、そういうキャラ」
らしい。

「あー、でも天音さん肌綺麗ー、真っ白でスベスベー。その上スタイルいいし。羨ましい!」

と言って、天音の細い腰に腕を回して抱き着いた。

「ちょっ、あの、翠さん…!?」
「こらこら、何してるの」

麻里が苦笑しながら翠を引き剥がした。
翠から解放された天音は両手で自分の両腕を抱いて後ずさった。

「やっぱり細いー。羨ましいなー」
「…いや、翠ちゃんも充分細いと思うけど」

嘆息しつつ、柚子は翠の後ろに立ってそう言った。

「…と、とにかく、着替え終わりましたし、早く行きましょう…!」

先程よりも赤く頬を染めつつ、天音は後ろ手にドアを開けて部屋から出た。

「…あらあら」

そんな天音を見て、麻里は微笑んでいた。






「あ、着替え終わったんだ」

居間に入ってきた天音を見て、舞は読んでいた本を置いた。

「似合ってるよ、天音。可愛い」
「…ありがとうございます……」

淡く鮮やかな橙色、薄い桃や白の花柄、紫の帯。
綺麗に着飾った天音を見て、舞は微笑みながら言った。
そういう彼は黒一色に紅の縦線、黒に近い灰色の帯と、どこか暗いイメージの浴衣である。

「他の皆は?」
「はいはーい、できましたよー!」

桃色に青い猫の柄の浴衣を着た翠が、元気に手を振りながら出てきた。

「いかにも馬子にも衣装って感じだな、ソデコ」
「…んな!?」

水色と紺色の、鮮やかな萩の柄、そして白の帯と、シンプルな浴衣を着た柚子に、
紺色に濃紺の帯をした地味っぽい浴衣を着た篤郎が軽口を叩いた。

「うっさいわよこのオタクロウ!」
「事実だろーがソデコソデコオデコオデコ!」
「…また始まったよ」

いつもの口論を始めた篤郎と柚子を呆れながら横目で見て、舞は溜息をついた。

「圭介たちはどーしたんですか、舞さん?」
「先に行ってもらってるよ。…直哉兄ほっといたら危なそうだし」
「…あはは」

その光景がありありと浮かんできて、翠と舞は揃って苦笑した。

「じゃああの人がろくでもない事をしでかす前に、行きましょうか」
「…ですね」
「はーい」
「ほら二人とも、喧嘩やめる。行くよー」

舞が呼びかけると、二人は未だ睨み合いながらも外に出て行く皆に着いていった。






舞の自宅から一駅離れた神社の縁日は、それなりに大きな祭りだった。
神社の敷地に入った瞬間から、縁日特有の独特の雰囲気が舞たちを包んだ。

「結構盛り上がってるわね」

暖かみを覚える提灯の光と、食欲をそそる匂いと、熱気に包まれた人々と。
ここにいるだけで、楽しい気分になる、魔法の場所。

「む。やっと来たか、舞」
「あ、直哉兄」

一行が進むと、直哉が腕組みをして立っていた。
普段通りの着物姿と仏頂面だった。

「圭介はどうしたんです?」
「いや、何か気分が優れないようで倒れた」
「えぇ!?」

目を見開いて、翠が驚いた。

「さっき置いてきたから、大丈夫だとは思うがな」
「…舞さん、私圭介のほう見てきていいですか?」
「ん? ああ、いいよ。行ってきなよ」
「ありがとうございます」
「向こうだ」

舞に頭を下げて、直哉が指差した方向に小走りに走っていった。
それを見送った後、溜息をついて直哉に向き直った。

「…直哉兄、何かしたでしょ」
「別に何もしてないが?」
「嘘つかないでください」
「絶対に何かやったって」

従弟と一番弟子に突っ込まれ、流石に直哉も押し黙った。

「じゃあ、僕らも行こうか。―――あ、でも直哉兄どうする?」
「放置しておくのも危険よね」
「安全ピンの抜けた手榴弾だしな」
「手榴弾以上ですけどね、威力は」
「お前ら、俺を何だと……」

散々な物言いに物申すが、黙殺された。

「ああ、大丈夫よ。私が見張っておくから」
「…望月君まで」

あんまりな扱いにとてつもなく凹むが、やっぱり無視された。

「じゃあ、任せますね麻里先生」
「お願いします」
「迷惑かけないでね、直哉兄」
「行ってきまーす」

凹みまくっている直哉を置いて、四人はさっさと祭りの中心に乗り込んだ。






「…なんというか……」
「どうかしました?」
「…いや」

高校生組四人に凹まされながらもなんとか立ち直った直哉は、人が少なめの通りを選んで、麻里と並んで歩いていた。

ちなみにこの二人には、先程から妙に視線が集まっている。
まあ無理もないような気がするが。

何せ直哉は口さえ開かなければ、かなり整った顔立ちをしているのだ。
勿論、口を開けば三枚目どころか四枚目五枚目になるが。
一方の麻里は、紫と白の縦縞に鮮やかな鈴蘭の柄と、黒帯と、落ち着いた浴衣は、彼女の持っている
整った容姿を際立たせていた。

早い話、容姿だけなら超一級品の男女が並んで歩いていたら、そりゃあ目立つわけで。
結果、視線を集めてしまうことになったのだった。

「…鬱陶しい」
「我慢してください」

明らかにイライラし始めた直哉の雰囲気を悟ったのか、直哉たちが進む先はモースの十戒の如く割れて
行った。
その割れた道を進みながら、麻里は直哉を宥めていた。

「君は鬱陶しくないのか?」
「…まあ、鬱陶しくないと言ったら嘘になりますけど…」
「けど?」
「気にしても仕方ありません」
「…いや、確かにそうなんだが、」

続きを言おうとして、言いよどんでしまった直哉を、麻里は小首を傾げて見上げた。
そして、視線で続きを要求すると、直哉は頭を掻きつつ言った。

「いや、周りから明らかに勘違いされてしまっていると思うのだが…」
「勘違い?」
「…まあ、俺と君が、そういう関係だ、と、そういう風に」
「…ああ、そういうことですか。別に構いませんよ」

な、と思わず麻里を見下ろすと、だって、と言って。

「別に私は困りませんから」

…などと言われて。
思わず立ち止まってしまった直哉に、どうしました、と振り返って問われて。
それは人の噂も七十五日というアレなのか、それとも、別に誤解されても構わないということなのか。

(…ガキか、俺は)

年甲斐もなく顔を暑くしながら、直哉は麻里の後を追いかけた。





「圭介、圭介ー」
「…ん、あれ、翠ちゃん?」

休憩所の座敷に、少し眠っていた圭介は、その声に目を覚ました。
後頭部に暖かく、柔らかな感触を感じながら目を開けると、上下逆になった翠の顔があった。

「大丈夫?」
「…一応。ありがとう」

まだ寝惚けている頭で、心配してくれた彼女に礼を言った。

しかし、何故彼女は上下逆さなのだろうか、それとこの後頭部の柔らかい感触は一体。

「眠ってていいよー枕代わりになるから」
「うん…」

と、目を瞑りかけて。
枕。柔らかい。上下逆さ。
脳が覚醒して、この事象の答えを導き出してしまった。
…まさか。

「…翠ちゃん
「うん?」
「…ひょっとして、膝枕、してくれてる?」
「うん」

…ああ、やっぱり。この柔らかい感触は彼女のふとももか―――。
どこか他人行儀に考えて。
圭介は一気に覚醒した

「――――――ッ○×△!!??」
「ああ、起きちゃ駄目だって!」

身体を起こした瞬間、貧血でも起こしたのか倒れて、圭介の頭部は翠のふとももに帰還した。

「はいはい、眠ってるの」
「いや、でも、ね?」
「舞さん達は舞さん達で見て回ってるだろうし」
「翠ちゃんは、」
「圭介と一緒じゃなきゃつまんないもん」

ね?と微笑まれた上に覗き込まれて。
圭介は顔を真っ赤にするしかなかった。





「…向こうは大丈夫かな」
「気にしてもしかたないだろ」

柚子が後ろを振り向きながらそう呟くと、先を歩いていた篤郎はそう返した。
今柚子と篤郎は二人で人混みの中を歩いている。
舞と天音とはいつの間にかはぐれてしまった。

「…何が悲しくて篤朗と二人きりにならなきゃいけないのよ。折角のお祭りなのに」
「そりゃ悪かったな……と」

流石に前に進むのも大変な人混みでは喧嘩をする気はないらしく、一言だけ言い返した。
と同時に、逆方向に向けて歩いていた人と肩をぶつけた。

「…やっぱり人多いな」
「そうね」

言いながらも二人は歩き続けている。
今立ち止まったら、人に流されて、どこに行くかわからないからだ。

「で、どうする?」
「とりあえず人ごみ抜けようよ。それから」
「だな」

丁度前のほうの屋台と屋台の間に、敷地の外に出るための道が見えてきた。
二人はそちらに進もうとした。が、

「う、きゃ…!?」
「柚子…!?」

人に流されたようで、柚子が進んでいた方向とは真逆のほうに進んでしまっていた。
それを目の端で捕らえた篤郎は、咄嗟に手を伸ばした。

「と、と!」

柚子が自分の右手を握ったのを確認して、篤郎は力一杯に引っ張って、近くの人のいない方向に誘導した。

「ひゃあ!」

引っ張られたおかげで人の流れからは解放されたが、強く引っ張りすぎたらしく、柚子はバランスを崩し
て転びかけた。

「わ、と!?」
「―っ!?」

倒れかけた柚子を受け止めた篤郎は、反射的に柚子の腰に腕を回した。
受け止められた柚子は、とりあえず助けてくれた礼を言おうと、顔を上に向けた。
と同時に、篤郎も柚子を見ようとしていたようで、思わず目が合ってしまった。

「っ……!?」
「…!!」

お互い顔を赤くして、同時に密着してしまっていることに気づいて。
すぐに身体を離した。

「……と、ととと、とりあえず、ありがと!!」
「お。おう…!!」

顔を赤くしたまま、背中を向けて柚子がそう言うと、篤郎も顔が赤いまま頬を掻きつつ答えた。

「…で、さ!どこ行く?」
「…石段のほうに行こ。多分舞たちも行ってるだろうし」
「だ、だな」

まだ顔が赤いまま、人ごみに入ろうとした篤郎の手を、柚子は取った。

「ちょ、おい…!?」
「ま、また離れたら困るし!保険よ保険!」

こちらも顔を赤くしながら、篤郎から目を逸らしてそう言った。
そしてそのまま、篤郎を引っ張って人ごみの中へと歩いていった。

引っ張られている篤郎は、赤くなって、熱を持った顔が、舞たちに会うまでに冷めていてくれよと願っていた。





「はぐれちゃったね」
「…わざとでしょう」

いけしゃあしゃあと言い放った舞を、天音は睨みながら言った。

「いいでしょ、別に」
「…何がですか」
「だってどうせ見て回るなら、二人きりのほうがいいでしょ?」

ね、と微笑みながらそう言われて、天音は顔を赤くして唇を尖らせた。

「…確かに、そうですけど……」
「だったらいいでしょ」
「けど、その、だからって……」

頬を赤くしてそう言いながら、天音は舞に掴まれている自分の右手に力を込めた。

「…こういうやり方は、どうかと思います」
「うん?」
「心配させてしまうかもしれないでしょう?」
「大丈夫だよ。子供じゃないんだし」
「……うぅ」
「それよりさ、」

そう言って握っている天音の手を強く、優しく引いて、舞は天音を自分の隣に並ばせた。

「折角の浴衣デートなんだし、隣にいてよ」
「…ぅ」
「ね?」
「…はい」

にっこりと笑顔でそう言われたら、天音にはイエス以外の選択肢はない。
元々、嫌というわけではなく、むしろ嬉しいのだし。
ただ、こうしていかにも恋人同士です、という行為が、恥ずかしいだけで。

「…ホント、可愛い」
「…はい?」
「天音がだよ。すごく可愛い」

ほら、こういう風に。
優しく、そして幸せそうな微笑で、自分のことを褒めたりするのが。
そういう言葉を、感情を、想いを、向けられることに、どう反応したらいいかわからないから。
なのに、嬉しいという気持ちだけが心の中で大きくなってしまって。
そんな自分の顔を見られるのが、とても恥ずかしい。

「…やめてください。そういうことは」
「本当のことだよ?」
「……それでも、ですよ…」

顔が赤くて暑いのを感じながら、舞を見上げて言うと。
舞はにっこりと笑って。

「天音」
「はい……ひゃあ!?」

自分の瞳を見つめたと思ったら、そのまま抱き寄せられて、腕の中に拘束された。

「舞さん…!!」
「ああ、ごめんごめん。天音が可愛すぎて」
「…もう!」
「ねえ、天音」
「今度は何ですか…!?」

「大好きだよ」

そう言って、自分を見上げる可愛い可愛い女の子に。
幸せそうに笑って、魔王様はキスをした。



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