沢山の想いを詰め込んで
「――――さて、と」
日頃使われていないキッチンに気合を入れて、立つ。
今日はいつもと同じセーターの上にクリーム色のエプロンをつけ、そして調理スペースに置かれているのは紛れもなく、チョコレート。
「作り方はちゃんと調べたし……レンも頑張ろうねー?」
「………」
横でコクコクと頷くレンも、何故か黒いエプロンをつけていたり。
「去年は大失敗しちゃったからねー…それじゃ、はじめようかー!」
そう。 確かに去年のバレンタインデーの時も、実は手作りチョコレートに挑戦したことはしていた。
しかし、十分な知識を得ていなかった為に見た目から危険そうなモノが出来上がってしまったのだった。
――――実際にそれを遠野 志貴に渡せば、彼は結果が見えていても喜んで食べてくれるだろう。
彼はそういう人だろうから。
けれど、それはプライドが許さなかった。
折角作ってあげるのであれば、キッチリと完成させたものをプレゼントしたい、と。
「えーっと、先ずはチョコを刻んで………」
そう呟きながら、製菓用のミルクチョコレートの包装を手早く剥がして1つは自分のまな板、もう1つはレンのまな板の上に置く。
やや覚束無い手つきで包丁を持ち、基本通りに斜めに刻んでいく。
隣では、レンが見よう見まねで同じ作業を行う。
「間違っても自分の指切らないでよー?」
「………」
目線はチョコに集中したままゆっくりと頷くレン。
それを見届けると、今度は慣れた手つきで2枚目を刻み終え、それぞれをボールに移し変えて予め用意しておいた湯煎にかける。
ゴムベラで丁寧に混ぜながら、レンは温度計でチョコレートの温度をチェックしている。
「60℃に近づいてきたら教えてねー?」
「……」
真剣な眼差しで温度計を見つめながらコクコクと頷く。
ふと、思い出す。
感情というものを知らなかった頃のわたしを。
そして、振り返る。
世界が、何もかもが色彩鮮やかに見えるようになった時のことを。
「そろそろ……かな?」
頷くレンを見て冷凍庫から氷を数個取り出し、ボールに張った水の中に入れていく。
湯煎から外したチョコレートを今度は氷水に浸けていく。
ゴムベラをレンに渡して、温度計を覗き込む。
「わたしがイイって言うまでは底の方からゆっくりかき回してね?」
少しずつ下がっていく温度を気にしながら、レンの方を見る。
今、この使い魔のマスターは自分の思い人である遠野 志貴。
昔のこの子はマスターであった私が話しかけてもロクに聞こうとせず、気ままに過ごしていた。
最もわたしが、極度の放任主義であったためにコミニュケーションを簡単にとれるとは思っていなかったが。
それなのに、今のマスターの下で暮らす用になったこの子は……大きく変わった。
喜怒哀楽を表現し、自分の欲するものに対して、僅かばかりだが要求をするようになった。
今回、こんな所でチョコレートを作っているのもそのためだ。
本来なら屋敷のキッチンを使えばいいのだろうに、志貴にナイショにしたいから、という理由でわたしの所に来ている。
――――変われば変わるものだ。
「…っと、レン、1回ストップしてー」
28℃まで冷えたチョコレートを再び湯煎にかける。
手間は掛かるけど、こうすることで舌触りが滑らかになる……らしい。
「それじゃあコレを型に流し込んで冷やせば出来上がりだねー」
自分用に買っておいたハート型の型にゆっくりとチョコレートを流し込んでいく。
フワリと香る甘い匂いが鼻をくすぐるけど……味見…は後にしよう。
「レンは…リボン型? はい、溢さない様にね?」
そうっと、チョコレートを型に入れて、はみ出た部分をヘラで取り除き、冷蔵庫に入れる。
後は最後にアラザンを飾り付ければ手作りショコラの出来上がり。
「あー…疲れちゃった。 レン、おいでー?」
エプロンを椅子にかけ、ソファーにゆっくりと腰掛ける。
膝の上にレンを載せ、ゆっくりと眼を閉じて物思いに耽る。
初対面で17に分解されたコト――――あれは痛かった。
最初はどうやって殺してやろうかと思っていたけど…ずっと待っている内にそれが興味に変わって。
気づけば心惹かれて行動を共にした。
遥かにチッポケな存在だと思っていた相手に、助けられた。
その相手に―――――――わたしは、恋というものをしている。
冷えて固まったチョコを型から抜き出して、残っていた分を土台にしてアラザンを飾り付けて完成。
後は箱にキレイに詰めて、ラッピング。
デパートで選んだ包装紙で箱を包んで、一緒に買った白いリボンで装飾を施す。
レンは一回り小さい箱に同じ包装紙に黒いリボン。
中味は同じだけど、込めた気持ちは絶対に、誰にも負けない。
昔のわたしを知っているヤツらからすれば“堕落”、と言われるかもしれない。
けれど。
誰かを好きになる、その誰かのために何かをしてあげる。
これが“堕落”だと言うのであればわたしは喜んで堕ちよう。
だって、志貴のコトを思うだけでこんなにも楽しい気持ちになれるのだから―――――――
「志貴ー!窓開けてー!」
いつもの通りに志貴の部屋の窓から入れてもらう。
「ったく……玄関から入って来いって、何度行ったら分かるんだよ?」
「んー?今日はダメなの。 妹とかシエルより先に渡したかったから。」
「……ん?」
「―――もう。折角気づかれないようにしてたのに」
廊下の方からいくつかの足音が聞こえる。
人数からして全員来ちゃったみたい。
「そこの吸血鬼!遠野君から離れなさい!」
「あ、シエルもいるんだー」
「先輩?秋葉達と一緒に…なにしてるの?」
きょとん、としている志貴。
……今日が何の日か分かっていないのかな?
「志貴さん?今日は2月14日!バレンタインデーですよー?」
「ぁ」
「女の子達が自分の思いを込めて相手にチョコレートを渡す日……なのに、まさか志貴さんがそれを忘れているなんて…」
「あははは……」
本当に忘れてたみたいだね……わたし、一生懸命作ったのに…
「と、言うわけで遠野君。 この特製チョコレートを…」
「何を仰っているのですか? 兄さん、下にチョコレートと紅茶を用意してありますからそんな方たちは放っておいて行きましょう?」
「そ……その、志貴様…これを…」
「私からもどうぞ〜」
「え…えーっと…」
志貴ってば普段は相変わらず立場弱いなぁ…
どうしよう。 いつもみたいに争って折角のチョコレートが崩れちゃったら嫌だし……あ、そうだ。
「―――あー…どうすりゃいいんだ?」
ジワリジワリと志貴が壁際に追い詰められていく。
ちょっと急がなきゃ。
キレイに包装したのを剥がしちゃうのは勿体無いけど―――
「ア、アルクェイド? まさか、手作りなんですか?」
わたしの手元を見てシエルが驚いてる。
…失礼だなぁ。
「ん?そうだよ?レンと一緒に作ったんだー。 ちょっと苦労したんだけどね…よし、ほどけた!」
妹は何かショックを受けたような顔してるけど…まぁいいか。
「志貴ー?こっちこっち」
「ん?」
箱を開けてチョコレートの一つを“わたしの”口に咥える。
「なんだよアルクェイ………」
「「「「なっ!!」」」」
「えへへ〜、どう?美味しい?」
「……あ、あぁ。 凄く、美味しかった」
「よかったー! 失敗してたらどうしようかと思ってたんだけど…それじゃ志貴、行こっ!」
腕を掴んで窓から飛び出す。
妹やシエルは半分放心状態だったから…そのままでいいかな。
「わたしの部屋でレンも待ってるから一緒にチョコレート食べようねー?」
【おしまい】
・後書き・
皆さん、初めまして蒼真でございます。
今回アルクェイドのためのお祭り、というコトで拙いながら1作書かせて頂きました。
季節ネタを書くのは初めてなのですが…いかがでしたでしょうか?
本編、特に歌月後のアルクェイドにしては少し硬いかな、とも思ったのですが本来、彼女の内面は
こんな感じなのではないかなということで。
最後に、この作品を読みきって頂いた皆様にお礼を述べさせていただきます。
筆者、蒼真より。
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