Lifetime respect
ベッドの上に照らし上がる裸体は、青白いスタンドの光よりもなお眩しく、妖しい艶を放っていた。
抜けるような白い肌には今、淡く赤みが走っている。シーツの上に広がる、金糸を織り上げたような髪も汗で解れ、いく筋か彼女の頬を彩っている。歓喜にわななき細められた目の端には、小さな雫が浮かび煌いていた。
遠野志貴はそっと舌を伸ばして、涙の雫をすくい取ると、アルクェイド・ブリュンスタッドは淡い吐息を漏らしてわななく。
舌先に感じる僅かな塩味。それがゆっくりと喉に抜けていく。
まるで腕の中の女が、形を変えて自分の中に染み渡ってくるような錯覚を覚えて、彼の口からも熱っぽい吐息が漏れた。
こうして彼女を抱いていても、目に映る美しさに囚われてしまう。この体から目を背けようなどとは、考える事すら出来そうになかった。
「は、あぅん! しき、志貴ぃ! もっと、もっとそこを深くぅ……」
身を捩っておねだりをする、愛しの姫君に乞われるまま、志貴は腰に力を込めた。
より深く、より強く。奥底を貫かれて、高く細い鳴き声が部屋に響き渡る。
闇に落ちた部屋の中で、ただベッドの周りだけが淡く輝き熱に揺れている。向かい合う志貴とアルクェイドはもう、互い以外は目に入らぬと、指を絡め唇を重ね体を貪りあっていく。
「は、はは。そんな声上げていやらしいな、アルクェイド」
「はぅん! そ、んなことない。志貴がえっちだからだよぉ……」
「そうか、じゃあこの足は一体何なのかな」
額に汗を浮かべて、志貴は笑う。
アルクェイドの両の足は、志貴の腰に絡み付き、秘所が彼のペニスを奥底まで飲み込んでいた。彼が腰をゆするたびに、くちゅくちゅと粘ついた水音が沸き立つ。
てらてらと、ブロンドの陰毛が肌に張り付くほどに雫は溢れ、アルクェイドが身も心も蕩けきっているのは誰の目にも明らかだった。
「やぁ、やぁっ! そんな事いわないでぇ……」
顔を覆っていやいやと首を振る。だが指の間から見えるアルクェイドの瞳は期待に潤んでいたから、志貴は腰の動きを再開させた。
白い戒めで結び付けられてしまっているから、彼女ごと体をゆするような形に。
しっかりと腰を押さえつけて、一突きごとに奥の奥を抉りたてる。
「ひゃ、ああ、駄目、だめぇ……いっちゃう、いっちゃうよぉ……」
「く、俺も、もう……」
アルクェイドの膣内は、隙間なく彼のペニスに絡みつき、締め上げる。
自分が攻め立てている筈なのに、逆に絞り上げられ犯されているかのよう。その逆転が、志貴の脳をぐらぐらと揺さぶり、燃え上がらせていく。
高まる熱を腰奥に感じて、志貴は止めの一突きを。
「くぁ、ぁ、出、る……!」
「ああ、、いや、あぁぁん!」
堰の切れた二人の声が重なり、志貴はアルクェイドの膣中に精液を解き放った。
/
気だるさと、同じだけの充足に包まれて。
仰向けになって天井を見つめていた志貴の耳に、含んだ笑い声が届いた。
「どうかしたか、アルクェイド?」
「ん、ねえ志貴。ちょっと見て欲しいの……」
顔を向けると、隣で横になっていたアルクェイドが彼を見つめて微笑んだ。
それはどこか普段とは違う、なにやら含みのある笑顔。
志貴も、そしてアルクェイドも、未だ服は身に着けていない。所々玉の汗が浮かんだその裸身を捩ったアルクェイドは、ゆっくりと自らの手を下ろしていく。
指先は臍を過ぎて、翳りに包まれた丘を下ってその先へ。
「ん、ぅん……」
「あ……アルクェイド?」
人差し指と、中指が彼女自身の中に潜り込んだ。
ぬぷりと、ねとついた音が志貴の耳にも聞こえるようだった。
アルクェイドはそのまま鍵のように指を曲げ、膣内の壁を擦り上げる
指を根元まで遠慮なく潜りこませて、花弁の奥をこねくり回していく
「ひぁ……うん……シたばっかりだから、すごく、ん、感じちゃう……」
突然目の前で始まった淫らな舞台に志貴が呆然と見入っていると、一際熟れた吐息と共に、アルクェイドはソコから指を引き抜いた。
「ん……ほら、見て志貴?」
ゆっくりと志貴の前に近づけられる二本の指には、透明な彼女の蜜と、そして確かな白濁が絡み付いていた。
見せ付けるように二度三度と重ねた指を降ると、未だあっけに取られたままの志貴に向かって、アルクェイドはにんまりと口の端を吊り上げた。
「子供、出来るといいね?」
「…………はぃ?」
あまりにも突然の言葉だった。
自分の顔を見たまま固まってしまった志貴の姿に、満足そうに頷くと、アルクェイドは体を起こして彼の腹の上に跨った。そのまま彼の目の前で、自分の愛液と彼の精液に塗れた指を広げてみせる。
「うわー、こんなに糸引いてる。志貴の精液って、本当に元気いっぱい」
指の間を伝った白い糸が、真ん中で雫になり、お腹の上に落ちてくる。自分の貪欲さを見せ付けられた気がして面目次第もない志貴だったが、それよりも彼にとっては問題な事があるわけで。
「あー…………そのですね。アルクェイドさん? 子供……って?」
ようやく乾いた声を絞り出す志貴に向かって、小さく笑ったアルクェイドは、その指をゆっくりと口に含んだ。
根元まで一息にしゃぶり上げ、舌を絡めながらゆっくりと引き出してくる。目を細めて、蕩けた息を漏らして、彼女は二度三度と自分の指をねぶる。
「ん、やっぱり変な味だけど。志貴のだと思うと美味しいな。こんなに出してくれたんだから、ちょっとぐらいつまみ食いしても、きっと子供できるよね?」
曇りない目でアルクェイドに笑いかけられ、志貴の背中を冷たい汗が流れていく。
言われてみれば、彼女と肌を重ねるようになって早数ヶ月。避妊なんぞただの一度もしていない。
普通の相手であれば、志貴の頭にもその二文字は掠めるくらいはしていただろう。
だがアルクェイドは真祖の姫君。どれだけ人間に似ていても、人間とは違う生き物だという逃げ道が、彼の脳裏に根付いていたわけで。
無責任と呼ぶなら呼べ。
彼はいつだって全力で膣内射精だった。
「あー、その、ですね。非常に大事な事をお聞きしたいのですがアルクェイドさん」
志貴はもうお腹に乗られて全面降伏。もし尻尾があれば振っていたに違いない。
「ん、なぁに、志貴?」
「お前ってか、真祖ってさ。その……やっぱり……妊娠するの?」
「んー。わたしたちって、人間を基に造られてるしねー。本来真祖はセックスじゃ増えないけど、わたしは女だし。性別があるって、つまりはそういう事でしょ?」
そりゃそうだよなあ。
目を閉じた志貴は深い、深い溜息をついた。
とりあえず明日からはコンドーム持参すべきだろうか。最近目減り著しい貯金に、新たな出費項目が加わった事に軽い絶望を覚えて志貴が目を開けると――
金色の輝きが、視界を埋め尽くしていた。
それがアルクェイドの髪の毛だと気付いた瞬間、彼の唇に熱が点る。
「ん……ちゅ……」
志貴の唇を割り開いて、アルクェイドの舌が忍び込む。薄く開いた歯の間から、彼の舌へと絡みつく。
その唇も舌も、先ほどまで精液を舐め上げていた筈なのに、志貴の鼻をくすぐるのは、アルクェイドのほのかな香り。口に広がるのは熱く溶けたアルクェイドの甘い唾液の味だった。
髪の毛を掻き上げて、頭に回されるアルクェイドの指。そのひんやりとした感触も心地良い。
戸惑いも数瞬。志貴もアルクェイドの頭に手を伸ばして、積極的に舌で応えていく。
ちゅぷちゅぷと、部屋に響く水音が互いの耳に戻り、頭の奥底を麻痺させていく。
息する事すら忘れて熱心に唇をむさぼりあっていた志貴だが、それもさすがに限界が訪れた。
アルクェイドの腕を軽く叩いて、一旦開放してくれと伝える。開放された唇から、肺に空気を送り込む。それすら二人の間の熱で、色が付いていそうだった。
名残惜しそうに唇を離して、アルクェイドは彼を見下ろしている。
息が整い、幾分落ち着いた目でそれを見た志貴には、彼女の様子が普段とどこか違っているように見えた。
どうしたんだ、と、志貴が口を開くよりも早く、
「ねえ、志貴はわたしとの赤ちゃん、欲しい?」
再び問いかけるアルクェイドの顔からは、笑いの色は消えていた。
彼女が真剣に聞いているのだと分かり、志貴は一つ息をついて、答える。
「……恥ずかしながら、今の今まで考えた事なかった」
「あー、ひどい。こんなにたくさんセックスしておいて、赤ちゃんの事考えた事がないなんて!」
「そう言われると耳が痛いんだけどな。でも、今アルクェイドとこうして一緒にいることが、俺にとってまるで夢みたいなんだ。その先の、子供とかそういう事にまでは頭が回らなかったんだよ」
志貴は腕を伸ばして、アルクェイドの頬をそっと撫でる。
吸い付くようにしっとりとした肌。かすかな温もり。指で梳いた髪の毛は、まるで水のように滑らかに逃げていく。
かすかに寄せられた眉に、その下の切れ長の目。すっと涼やかに通った鼻筋。そしてその下の形良い唇。
薄闇に浮かび上がる、滑らかな体の曲線に、目を楽しませる張り出した乳房。臍も、引き締まった腰も、柔らかく丸みを帯びた尻も、しなやかに伸びた足も、もう触れた事のない場所など存在しない。
目で、指で、舌で、唇で、全てで彼女を味わってなお、志貴は時折不安に襲われる。
あの夜の校舎のように、この指の間から消えてしまうのではないかと。
今目にしている彼女は、優しくて残酷な夢なのではないかと。
浮かび上がった言い知れぬ不安に突き動かされるように、志貴の指がゆっくりと下っていく。
腹の上に伝わる、濡れた感触。アルクェイドの中の一番熱い所に、志貴の指が滑り込んだ。
いまだ潤ったままの秘唇を、彼の指が撫で上げる。突然の愛撫に、アルクェイドの表情が蕩けた。
「あ、ん……もう、志貴ったら誤魔化すの無し!」
「誤魔化しじゃないよ、アルクェイド」
志貴はもう片方の手を伸ばして、アルクェイドの顔を引き寄せる。そのまま目を閉じた彼女と、彼は再び唇を重ねた。
「は、ん……ちゅ、志貴ぃ……」
「アルクェイドとの子供だったらさ、欲しいって思うよ」
「し……き?」
アルクェイドの中に潜り込んだ指が、溶けてしまいそうなほどに熱い。重なる唇の温もりに、脳も融かされてしまいそうになる。
その熱が、確かに彼女がそこにいる証だと悟る。
「男の子でも、女の子でも良いな。きっとお前に似て可愛らしいんだろうからさ」
口付けを繰り返しながら、志貴は初めて生まれた思いを、彼女に囁く。
閉じた瞼の裏に、その光景が映し出される。
自分はベビーカーを押しているのだろうか。それとも、胸に赤子を抱えたアルクェイドに寄り添い歩いているのだろうか。
夜泣きする我が子に二人で頭を悩ませて、ああでもないこうでもないと四苦八苦する。それすら楽しいと思えるに違いない。
アルクェイドの事だから、きっととんでもない非常識をやらかして、はらはらさせられるのだろう。だけど子供たちはそんな彼女に良く懐いて、自分は焼きもちを焼く事になるのかもしれない。
他愛もない想像の筈なのに、それは今目の前で起きていることのように見える。
今日の今まで考えもしなかった事なのに、浮かんだそれはもう変わらない未来のように思える。
彼女と共に歩む未来を、それだけ自分が望んでいるのだと知り、志貴の胸は燃え上がりそうなほど熱くなる。
彼はアルクェイドの背に手を回して、そっと引き寄せた。目を細めて彼女は、その胸に擦り寄った。
「志貴ったら、何だかとっても嬉しそうだね」
「うわ、顔に出てるか俺?」
「うん。わたしに子供が出来たら、そんなに嬉しい?」
「ああ、苦労もいっぱいするんだろうけどな。まずは秋葉をどうやって納得させればいいのやら」
「ん、確かに妹は色々と言いそうだよね」
苦笑いを浮かべる志貴に釣られて、アルクェイドもくすくすと小さな笑い声を上げる。
「まぁそれよりも何よりも、大きい子供と小さい子供、二人も一辺に抱え込む事になる俺が一番大変だろうけどさ」
「むー、大きいのってわたしの事?」
「何だ、自覚あるんだな、アルクェイド」
「違うよ、わたしはそんな事ないんだから!」
「どうだかなぁ」
志貴の笑顔が意地悪いものに変わると、アルクェイドは不満そうに口を尖らせる。もっとも、その表情は柔らかく、彼の言葉を楽しんでいる事は明らかだった。
「そんな事言ったら、おっぱい大好きな赤ん坊が二人も出来ちゃうわたしだって大変だよ? 今だってもう大きい赤ん坊が放してくれないんだもん。ママのおっぱいは二つしかないんだから、取り合いなんかしちゃ駄目だからね?」
「いいさ、そうしたら順番待ちだ。昼のおっぱいは譲っても、夜は俺のものだからな」
「えー。そういう時は子供に譲ってあげるんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれ。ママのおっぱいは競争率が激しいという事を、小さな時から教えておかないとな」
「もう、本当に志貴ってえっちなんだから」
反撃を思わぬ形で返されて、溜息をついたアルクェイドは、志貴の胸に頬を乗せる。そのまま目を閉じてしがみついてくる彼女の背中を、志貴はゆっくりと撫で下ろした。
こうして鼓動の音に耳を傾けるのが好きなのだと、よくアルクェイドは口にする。
いつもは何気なくされるがままになっていた志貴だったが、ふと、彼女の仕草に引っかかりを覚えた。
普段より、回された手に込められた力が強いように思えた。
まるで、逃したくないと引き止めているように。
そんなに心配しなくてもいいと、言いかけた彼の口が途中で止まる。
今のアルクェイドの姿が、まるで鏡写しの自分の姿のように見えた。
そもそもなぜ、彼女は突然子供などと言い出したりしたのだろうか。
「……なぁ、アルクェイド」
「ん、なぁに?」
「何か悩んでたりするのか? 今日のデートは楽しくなかったとか。それとも俺の知らないうちに誰かと揉め事を起こしたとか」
「違うよ。デートはとっても楽しかったし、シエルや妹と揉めちゃうのは今更だしね。でも、デートの事は関係あるかな」
「む……」
小さく唸った志貴は、昼間の事を思い返す。
映画を見て、ショッピングモールを見て回る。ささやかながらもお互い笑いあって過ごした時間はあっという間で、少し歩き疲れたからと、小さな公園で足を休めて。
「……ああ」
志貴は得心した。
二人で立ち寄った公園には、先客がいたのだ。
近所に住んでいるのだろう、若い夫婦が連れ立って歩いていた。
人のよさそうな夫がベビーカーを押して、寄り添う妻がそれを楽しそうに見つめている。時折前に回っては、まだ生まれたばかりであろう赤ん坊をあやして、二人で笑いあう。
ベンチに腰掛けながら見ている、こちらの頬が緩むような暖かい光景だった。
「ああ……だから、子供なんて言いだしたんだな」
「うん。あの時の志貴ね、なんかとても嬉しそうに、あの人たちを見ていたから。きっと子供が欲しいって思ってたんだろうなって」
「あー、それは、まぁ。違うとは言い切れなかったかもな、うん」
志貴は照れくさげに頬を掻いた。
勿論その時は、明確に自分たちも子供が欲しいなどと思っていた訳ではない。
しかしこうして記憶に残ってる以上、その光景に心の中が揺り動かされていたのは間違いない。
今にして思えば、あの家族の暖かい雰囲気にこそ惹かれたのだろう。
いつかアルクェイドとああした時間を過ごしたいという、ささやかな願望を、無意識に重ね合わせていたのだろうか。
「……ごめんね、志貴」
「ん?」
腕に伝わるかすかな震えに、志貴は眉を顰めた。
髪に隠れてその顔は見ることが出来ない。だが、確かにアルクェイドの肩が小さく震えていた。
「本当はね……無理なの」
かすれた声が搾り出される。いつものアルクェイドには程遠い、さび付いた重い響きだった。
「無理って、一体何が……」
言いかけて志貴も言葉を失う。
決まっている。今の彼女の言いたい事など、その事以外にはありえないではないか。
「真祖は世界が必要としない限り生まれないの。今のこの世界は新しい真祖を必要としていないから、どんなにこれから先、志貴とたくさんえっちしても、わたしに子供はできないの」
「それは、だって……真祖と真祖の場合じゃないのか? それにさっきお前、自分で言ったじゃないか。セックスできるんだから、って」
「機能だけは確かにあるから、こうやって志貴にいっぱい愛してもらえるけど……だけど、無理なの。わたしから生まれるという事で、例え人間の血を半分引いていても、その子は真祖という事になってしまうから……」
「そう、なのか……」
「だから、志貴が例え赤ちゃんを欲しがっても、わたしは作ってあげられないの。どんなに志貴がそれを望んでも、わたしは志貴の赤ちゃんを生んであげる事が出来ないのよ……」
言葉は途中から嗚咽に代わり、やがてすすり泣く彼女の声が部屋に満ちていく。
志貴は何も言わずに、その肩を強く抱きしめた。
ほんの一時思い浮かべた未来は、永遠に訪れないものだと今、告げられた。
それが残念でないといえば嘘になる。
目の前の、かけがえのない存在との愛の形を残すことが出来ないのは、一人の人間として、悲しくないわけがない。
だが、それだけが愛する事の全てではない筈だ。
志貴も人を愛した経験が多いわけではない。それでも、その事は数少ない、誤りない真実だという確信がある。
「なぁ、アルクェイド……」
「……志貴、怒らないで聞いて欲しいの」
しかしそれを告げようとした志貴を遮って、アルクェイドは口を開いた。
甘い戒めから逃れて、体を起こすと、彼の顔をじっと見つめる。その頬には涙の後がいく筋も残り、紅い目の端には、潤んだ雫がとめどなく溢れていた。
「もし、ね。志貴が自分の赤ちゃんが欲しいのなら……別の相手を選んでも、わたしは止める事が出来ないわ」
「…………な、ん」
志貴の口から、掠れた呟きが漏れる。。
アルクェイドの口から告げられた言葉は、あまりにも彼の予想を越えていた。
一瞬呆然とした彼だったが、言葉の意味を理解すると、その表情が徐々に変わっていく。
しかしそれに気付かないアルクェイドは、思いつめた顔で、
「だって、子供を作るのって、人間の生きた証でしょう? 自分が生きてきて、人を好きになって、その人を愛したという形を世の中に残したい。自分が生きてきた証を、未来につなぎたい。子供が欲しいって、そういう事だよね」
「……アルクェイド」
「わたしは志貴を誰よりも愛してる。志貴もきっとわたしを愛してくれてるんだってわかる。だけどわたしはその証を作ってあげることが出来ないんだもの。なら、別の相手にそれを求めたって、止める事は出来ないよ」
涙を頬に伝わらせて、アルクェイドは微笑んだ。
それは志貴もよく知る、精一杯強がってる彼女の表情。
それだけ彼女は思いつめてるのだという事は彼にも良く分かる。
分かる、のだが。
「あ、一つだけお願い。出来れば相手はわたしも知ってる人がいいな。そうすれば、きっとその子の事も母親の事も好きになれる気がするし。だから妹でも、あの双子のメイドさんたちでもいいよ。シオンでも構わないわ。でも、出来ればシエルは止めて欲しいかな」
お互い、立場がね。そう寂しそうにアルクェイドは笑う。
そこが限界だった。
志貴の口から漏れ出る深い、深い溜息。そして苛立たしげに髪を掻き毟る彼を見て、アルクェイドは眉を顰めた。
「志貴?」
「あー、アルクェイド。ちょっと耳貸せ」
志貴の言葉に怪訝な面持ちで、彼女は頭を寄せる。
その耳に、彼はありったけの大声で、
「何考えてるんだ馬鹿おんなーっ!」
「きゃっ?!」
部屋の硝子が、小さく震えるほどの声だった。
今まで聞いた事がない位の彼の怒声に、思わずアルクェイドはひっくり返った。
その体に上から圧し掛かると、志貴は噛み付きそうなくらいの距離で彼女を睨みつけた。
「お前は……お前はっ! 俺を何だと思ってるんだ馬鹿おんな!」
「馬鹿おんなって、何でよ! だって、だってわたしは志貴の事を思って……」
「うるさい、そんなの思いやりでもなんでもないぞ! お前は俺だけじゃない、秋葉や翡翠や琥珀さんやシオンやシエル先輩や……ああ、もう。とにかくだ! お前のその言葉は、これだけの人を馬鹿にしたんだぞっ!」
「なんでよ、何でそんな事言うのよ志貴っ!」
動転して目を瞬かせていたアルクェイドだったが、徐々に落ち着きを取り戻すと、まなじりを吊り上げて彼に叫び返した。
当然だろう。彼女にとってみても、考えあぐねた末の苦しい決断だったのだから。
しかし志貴は譲らない。譲るわけもない。
一人で思いつめた彼女の思いやりは、向けどころを根本的に間違えているのだから。
「あのな、アルクェイド。お前子供を作るってのがどういう事かわかってるか?」
「分かってるわよ! さっきも言ったじゃない、自分の生きた証を残す事だって!」
「そこが違うんだよ。そりゃそういう意味もあるかもしれないけどな、なによりその人の事が一番好きじゃなきゃ、子供を作る意味なんかないんだよ!」
「それは分かってる。分かってるわよ! でも、だけど、わたしは産めないんだから、志貴が他の人を選んだって……」
「だったら、俺には子供と縁がなかったって事だろ。秋葉も翡翠も琥珀さんも、シオンやシエル先輩だってそりゃ俺には勿体無いようないい人たちだけどさ。例えそういう機会があったって、俺はあの人たちと子供を作りたいとは思えないんだから仕方ないだろ」
顔を強張らせたまま、しかし頬だけを僅かに赤く染めて、志貴ははっきりと言い切った。
アルクェイド以外はいらないと、そう、迷いなく言い切った。
眼鏡の奥の瞳は、一時も反らされる事無く、アルクェイドを見つめている。彼女もまた、耳の先まで真っ赤になりながらその視線を受け止めていた。
それでも、心の底に小さく残る躊躇いが、彼女の声を震わせる。
「でも、それじゃ志貴が……」
「ああもう、二度は言わないぞ。俺はお前以外と子供作りたいだなんて、これっぽっちも思ってないからな。だから他の相手なんか知ったことか!」
「え……うそ……しき、それって……」
「ああ。他の人も他の人の子供も要らないよ。俺にはお前がいればそれでいい。だからもう、馬鹿な事言うなよ、アルクェイド」
志貴のまなじりがすっと下がる。眼鏡越しに向けられた眼差しの暖かさに、アルクェイドの瞳から、再び涙が溢れた。
「志貴……しきぃ……」
嗚咽に阻まれて、言葉は意味をなさない。胸の中を埋め尽くす想いに突き動かされて、アルクェイドは腕を伸ばして志貴を抱きしめた。彼もまた彼女の背中に腕を回して、その髪に顔を埋める。
「もう忘れるなよ、アルクェイド。俺の腕は短いからさ。こうやって馬鹿おんな抱えるだけで精一杯なんだよ」
「また言った……志貴、また馬鹿おんなって言った……」
志貴の耳を、涙に震える声がくすぐる。しかしそれは先ほどとは違う、潰れそうなほどの幸福からだという事を、お互い良く分かっていた。
だから彼は、アルクェイドを抱える腕に力を込める。
「ごめんね……志貴、ごめんね……」
「もう謝るなって」
「でも、志貴がこんなにわたしの事想ってくれるのに……」
「だったら、代わりの物一緒に育てて行けばいいだろ?」
「代わりって……どういう事?」
腕の中で、不思議そうに自分を見つめるアルクェイドに、志貴は微笑んだ。
先ほど言えなかった言葉を、今こそ。
それは自分のエゴかもしれない。だけど彼女にこそ、この言葉を受け取って欲しかった。
「俺が死んだ後も、きっとアルクェイドは俺の事覚えていてくれるだろ? それがいつまでかは分からないけど、お前が忘れないでいてくれるような思い出を一緒に作れれば、それが俺の生きた証だと思うんだ」
「志貴……」
「それはきっと、子供を育てるのと同じくらい大変だと思う。それに、いつかアルクェイドにとって重く苦しいものになる気がするんだ。だけど、俺はお前に、ってうぁ?!」
最後まで言う事は出来なかった。
アルクェイドが勢い良く彼をベッドに押し倒して、その胸にしがみついてきたからだ。
「お、おい……」
「嬉しい。嬉しいよ、志貴……」
文句を言いかけた志貴だったが、アルクェイドの顔を見て苦笑する。
頬には幾筋も涙の後が残って、泣きはらした瞳はいつもより赤くなってしまってる。だけど、それを吹き飛ばすほどに澄んだ笑顔で笑いかけられたら、もう何も言えないではないか。
「一緒に作ろう。ずっと一緒にいようね。志貴の事全部を覚えてあげる。もう嫌だなんて言われても、離してあげないから」
「ああ……ああ。それはいいな。俺だって、よぼよぼのしわくちゃの爺さんになってもお前の側にいるからな。別の若い男に目を向けるようなら、焼きもち焼いて困らせてやる」
「うん……約束だよ。それまで長生きして! お爺ちゃんになってもずっと、ずっと一緒にいて……」
再び、志貴の視界が金で埋め尽くされる。
もう幾度目か数えることも出来ない口付けを、彼は全身で受け止めた。
互いの顔に手を回して、貪るように唇を求め合う。忍び込んでくる舌を甘噛みで返して、今度は彼女の口の中に入れて絡めあう。
口の端から唾液が漏れるのも構わない。いつしか志貴は彼女の上になり、隙間など作りたくないと体を寄せ合っていた。
「アルクェイド」
「なぁに、志貴……あんっ」
口付けの合間に、彼はアルクェイドの頬を舐め上げる。くすぐったそうに目を細めた彼女に向かって、彼は悪戯っぽい笑顔を浮かべた
「やっぱり子供はお前だけで充分だ。わがままで、寂しがり屋で泣き虫な女の子一人で手一杯だ。怖くておちおち目を離すことも出来ないよ」
「あー、そんな事言ったら、志貴だってそうだよ? 甘えん坊で、えっちな事が大好きで。おっぱいに吸い付いたら放してくれないじゃない?」
「んー? こんな風にか?」
「ふぁ、あぅ、い、いきなり噛んじゃだめぇ」
「聞こえない。今日みたいにわけの分からない事を言い出すアルクェイドは、少し反省しておけ」
「やぁ、ここそんなに固くしながら言ったって説得力ないよぉ?」
「はぁ、こら、いきなり握るなってっ!」
互いの顔には陰のない笑顔が浮かび、だが、見つめあう瞳には熟れた熱が篭っていく。
志貴の手がサイドボードに伸びて、スタンドの明かりを消した。
闇に落ちた部屋の中で、お互いの熱だけが確かめ合う手段となる。
今の彼には、それだけあれば充分だった。
「はぁ、ん、志貴……」
「何だい」
「ずっとずっと大切に、育てていこうね。志貴との「子供」、ずっと……」
「ああ。よろしく頼むよ、アルクェイド……」
【お終い】
・後書き
GE後、二人のある夜の一幕と言うことで。
否応なくのしかかる「真祖」と「人間」の違いは、きっとこういう所にも現れてしまうと思うのですよ。
それに直面したとき、志貴はどうするのか。
きっと彼の事ですから、苦笑を浮かべてそのままアルクェイドを抱きとめてしまうのでしょう。限りある命で精一杯アルクェイドを愛して、そして彼女に消えない思い出を残してくれるのだと信じてます。
書いてるうちにベタ甘な物に仕上がってしまいましたが、こう、胸焼けを抑えて最後まで読んでくださった皆様に感謝を。
戻る