さよならは晴れた日に
今日は日曜日。
エレベーターを使って目的の階へと上る。この階は全部アイツが買い取っている。お姫様のあいつらしい行動だ。だがしかし、使っている部屋は一つだけで、他の部屋は最初はすかすかなのもあいつらしかった。
マンションのドアが並ぶ。
だがもはや、完全に空っぽというわけでもない。
この街で過ごす日が重なるほど、どんどん思い出は降り積もっていく。あるときは大きなぬいぐるみを買ったり、変な健康器具を通販してみたり、苦笑するような変な物まで。通販に興味を持っていた時期もあり、そんないらない物の置き場として空き部屋を使っていたりもした。
スカスカだった部屋も今では物がつまっている。
そんな部屋の前を通り過ぎて、アイツの部屋の前に着く。渡されていた合鍵を使って中に入った。
部屋には誰もいなかった。
物も片付けられ、生活臭はまったくない。
部屋の私物は片付けられ、帰ってくることがないことを告げていた。
この部屋はかつて自分がアイツを殺した現場だ。
向こうからしてみれば、こちらをはじめて認識した場所だろう。
無限とも無とも言えた生命であったアイツの崩壊が遠野志貴と出会ったところから始まったとすれば、この部屋こそが始まりの場所だった。
殺してしまったことに対して謝ったことも思い出す。
「私を殺した責任とって……か。懐かしいな」
振り返ってみても、とんでもない言葉だ。普通は殺した相手はそんなことを言うことができるはずもない。
けどバカにすることなかれ。犯してしまった過ちに対して償う機会が与えられた自分は幸福だった。
そう、幸福だった。アイツとの日々は幸福だった。
アイツはただの囮としての力しか欲してなかったのを思い出して苦笑する。随分違うところまできてしまったものだ。
後ろ手にドアを閉め、バタンと音がした。手続きは住んでおり、この部屋だけは契約を継続することになっている。これ以上変化することなないよう、ここの思い出が失われないよう、しっかりとふたを閉める。
鍵をかけなおして、部屋のドアに背を向けた。
次は公園へとやってきた。
ロアの騒ぎのときは待ち合わせしていたし、デートするときもここを指定することがよくあった。
かっての強敵であるネロ・カオスのことを思い出す。ここで初めて戦った。
イフは好きだとアイツは言った。救いがないことでも、救いがあるような気がする。
けれど、その逆も考えられるんだ。
ネロが来ず俺がアイツと出会うことがなければ、アイツはロアを倒すも殺しきれず、また眠りについていただろう。もしネロが来なければ、自分もアイツと出会うことなく別の道を歩いていた。そんなイフもありえる。
満ち足りた日々が違うものになる。それをイフの世界は肯定する。
世界はいろいろな偶然で成り立っており、『今』はその上に存在している。その偶然に運命なんて意味はないし、たまたまそうなっているだけだ。
けれど、その偶然が積み重なってできた『今』こそが自分が立っている場所だ。
俺はイフを否定する。これまで楽しかったし、その楽しかった日々に後悔はない。
それにもう一つ理由がある。アイツと愛し合った日々がなかったことになっているイフなんて、考えるだけでさびしい。
イフが好きだと言ったオマエだって、そう思うよな。
内心、いない相手に向かって言葉を投げかける。
高校時代に通っていた通学路を歩く。思い出深い場所を歩いていたことも手伝って、気分も過去へと逆行して行く。走馬灯のように頭の中をアルバムのページが流れて行く。
アイツに引っ張りまわされる日々は楽しかった。バタバタしていたけれど、それすらも楽しくてこれでもかと充実していた。もっとアイツの顔が見ていたいし、これから見て行くことに何の後悔もない。
だから、この街で眺める風景は次の十字路で終着点だ。
「もういいの?」
十字路のガードレールにアイツは座っている。
いつかのように。いつものように。
「ああ、もういいんだ」
空は快晴。故郷を発つのに悪くない天気だった。
「じゃ、いこっか」
あっさりと何でもないことのように返してくる。その中に戸惑いとか中途とかいう色はなかった。だから、思わず余計なことを聞いてしまう。
「オマエはいいのか?」
アイツこそ、この街で得た物は大きいはずだった。
「いいよ。だって、これからもいてくれるんでしょう。この街で色々あったけれど、それは全部志貴がいる風景よ。だからこれからも志貴がそこにいてくれれば問題ないもの」
うれしいことを言ってくれる。
「じゃあ、これからもよろしく。アルクェイド」
「うん、こちらこそよろしく」
天気は晴れ。繰り返すが、故郷を発つのには悪くない天気だ。
向かう先は宵闇の世界。けれど陽光の下、俺は純白の吸血姫と共に次の風景へと渡って行く。
出会い、思い出を作ってきたこの街にお別れを告げた。
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