荒城の月さまと





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 瞼を開けると、そこは廊下だった。

「………………」

 広く長く、石壁に囲まれた、西洋のお城のような、長い長い長い廊下。
 むしろ回廊というべきだろうか。
 吹き抜ける風も無く、騒々しいざわめきも無く静まり返った、明かりと言えば四角く切り取られた窓から差し込む白い月の光だけの、動く者も無き城の一角。

「………………」

 俺は今、そこにただ一人佇んでいた。
 何の脈絡も無く。
 唐突に。

「……………………えーと?」

 何で俺、こんなトコにいるんだっけか。
 前後の状況がまるで思い出せず、俺は思いっきり困惑していたりした。
 ええと。昨日の朝食も昼食も夕食も覚えている。であるのに、現状だけが判らない。
 これはアレか? いわゆるひとつのプチ記憶喪失ですか?
 ……いや、プチってなんなんだ、俺。とセルフで突っ込んだり。
 なにぶん混乱しているので細かい事は勘弁してほしい。
 まあとりあえず落ち着けオレ、と自らを宥めようと努力する。
 これまでだって理不尽な体験は幾らでもあったじゃないか。アレとかアレとか……ああ、今蘇る涙出そうな数々の記憶……
 ――――OK、つまり俺はまだ正常らしい。
 それはさておき。
 周囲を見回しつつ、基本的な記憶を一つ一つ確かめていく事にする。
 まず名前は遠野志貴。性別は男。高校生……

「で、ここは――――どこだ?」

 そうやって順繰りに辿っていくと、結局この点に行き着く訳だが。 
 ともかくも明らかに日本の城ではなく西欧の城である。攻防用の城砦とかではなくて、宮殿とでも呼ぶべきお城の長い廊下。
 それも、どこまでも無人の。

「…………ああ」

 そして俺はおぼろげにこの場所に見覚えがある事を思い出した。
 ブリュンスタッド城。
 かつて真祖と呼ばれた超絶種達の本拠であったという、空想の城。
 ロアの一件で真祖達が死に絶えた後、アルクェイドの牢獄としてのみ存在する城だった。
 とてつもなく高く広い天井を見上げつつ、記憶を辿る。厳密にはそれは俺自身の記憶と言っていいものでは決して無いが。
 俺はロアの記憶を通じてここに辿り着いた。
 あの時は彼の死徒の記憶を媒介に俺がここに押し掛けた形だった。
 しかし今は違う。なら、これはどういう事だ。

「俺が自ら来たのでなければ――」
「私が呼んだのだ」

 呟いた独り言に、あるはずの無い返答。
 そして、その声は心当たりのある声だった。
 ああそうか、と腑に落ちる。考えてみれば当然の事だ。無理に来るか、呼ばれるかしなければ俺はここには居られない。
 心当たりも当然の事。何故なら、ここにはたった一人しか存在しないのだから。
 天井から視界を戻すとたった今まで誰も居なかった視界に一つの人影が映る。
 金色の長い髪が揺れているし、着ているものは見慣れないドレスではある。けれど他はアルクェイドに酷似した、というかアルクェイドそのままの姿である。

「ああ、おまえか」
「いかにも。おぬしを呼んだのはこの身である」

 当然ではある。コレもまたアルクェイドなのだから。
 本人は朱い月の端末云々とか主張しているのだがややこしい事はよく判らないし、俺にとってはどうでも良い。こいつもまたアルクェイドである、というだけの事だ。
 しかしアルクェイドはアルクェイドではあるのだが普通のアルクェイドとは異なる意識のようではあるし、こいつらを区別するのがややこしいので、ここでは仮にこいつの事を『(自称)朱い月』という事にする。面倒だし。
 ……ここで『アルクェイドU(ツヴァイ)』とか『アルクェイド’(ダッシュ)』とか呼んだら問答無用で十八分割されそうだし。
 それはさておき、とりあえずこの朱い月が俺をここへ呼んだというわけか。

「で、何だ。何か用があるんだろ?」

 ちょっとだけ迷った末に、結局アルクェイドに話すのと同じ感覚で話しかけた。
 まあ一応とはいえアルクェイドには違い無いんだし、構わないだろう。
 一方、呼ばれた朱い月の方はといえば。

「当然であろう」

 いかにも用が無ければ呼んだりするか、とでも言いたげにそっけない。
 しかし類推するに、俺のぞんざいな話し方を何とも思っていなかったり、俺の事を『用があれば呼んでも構わない』と考えているのであろう事が、既にしてなんとなく可笑しかったり。
 それもまたさておき。
 目下の急は用件とやらだ。
 視線を向けると、促されたと理解したのか朱い月はウムと頷き、

「ついて参れ」

 クルリと俺に背を向けて歩き出す。
 続こうとして、ふとその場に足が止まった。
 広く、肌寒く、奇妙に現実感のないモノクロで、時が死滅したような回廊。
 その通路の中心を、それだけは生きてある事を主張する、特徴的な長い金髪がその歩調に合わせ、しなやかに左右に揺れていた。
 その姿に眼を奪われて、俺の脚は止まった。
 しかし遠ざかる歩調は変らない。振り向く事もしない。
 どうやら俺がついて行く事をまるっきり疑ってはいないらしかった。
 ……いや、特についていかない理由も無いのは確かだが。
 しかし。
 こうまで無造作に確信されてると、そこはかとなくいぢわるしてみたくなったり。
 このままジッとしてたら、そのうち気づくだろうか? などとも思ったりもしたのだが。
 まあ結局のところ。
 無闇に事態を混乱させても無意味だと奇妙な衝動を抑えて、遠ざかる金色を足早に追った。
 そうして追いついて、横に並ぶ。
 いつもアルクェイドにそうしているように、ごく自然に。
 並んで歩くというのもまあ、少なくとも「ついて行く」のとは違うしな。無意味でささやかな抵抗、というよりはより「なんとなく」な行動だけど。
 案の定、隣を歩く朱い月の視線が斜めな感じに突き刺さった。
 冷ややかに『ついて参れ、と言ったであろうが』とでも言われるかなと思ったけれど、何も言わないままに視線は再び前を向く。
 どうやら横に並んだ事は黙認されたらしかった。

「ところで今、どこに向かってるんだ?」
「…………」

 まあ代わりに質問も黙殺されたりしたのだが。
 しかしその静寂は、不思議に苦痛でもなんでもなかった。
 そうして奇妙な沈黙のままに歩き続け、その果てに辿りついた先。

「ここだ」

 と言って、朱い月は重そうな扉を押し開けた。
 錆びた軋み音と共に広がるその向こうの光景。
 この城の中心。荘厳なばかりの大広間。
 大きく切られた窓から差し込む月明かりに照らされ、白い光と黒い影に支配されたその一点。舞台であるとすれば最も目立つ、そのど真ん中にそいつは鎮座していた。
 ――――でっかい、釜が。

「……はい?」

 僅かな硬直の後、眼鏡を外して眼をゴシゴシと擦ってみる。
 そして再び眼を向ける。
 やはりドでかい釜がそこにあった。

「どうした?」

 隣の朱い月は何を驚いているのか、とでも言いたげに訊ねてくるのだが。
 ……いや、想像してみていただきたい。

 『豪奢な西欧宮殿の 厳かな大広間に デンと鎮座ましますドでかいオカマ』

 真っ先に見間違いを疑うのは無理の無いところであろう。
 あるいは自らの正気を疑う方が先だろうか?
 これが魔女の館とか兵営の厨房とかであればぴったりかもしれんのだが、この大釜。
 ここは一つ、直球で聞いてみよう。

「なに、これ?」
「釜だ」

 返答も直球だった。
 しかも、単刀直入すぎて聞いた意味ないし。
 という事で、少し聞き方を変えてみることにする。

「じゃあ、何に使うんだコレ」

 そう、釜である事は十分に判っている。用途を聞けばよかったのだ。
 まさかこの誰も居ない城で大量に飯を炊くのでもなかろうし、さりとて大釜でグツグツ妖しげな薬を煮込む朱い月というのもありえなかろうし。
 さて今度の返答や如何にと隣の朱い月を振り返ると、彼女もこちらに向き直り、重々しく頷いた。

「うむ。これはな――」
「これは?」

 自然、目の前の姫様が口を開くのを待つことになる。
 僅かな緊張の中で、朱い月は至極まっとうな表情で告げてくれた。




「――――どうやら風呂釜らしい」
「………………………………は?」










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 俗に五右衛門風呂と呼ばれるものがある。
 大泥棒と謳われた石川五右衛門が釜茹に処されて殺されたという俗説から来た命名で、名の通りに浴槽は釜である。桶の場合もあるかもしれないが、やはり釜の方がイメージ通りだろう。
 釜の下で火を燃やして炊くのは言うまでも無い。
 入り方は――ここがミソなのだが――水面に浮かべたスノコをそのまま沈めて、そのうえに乗って入るのだ。でないと、釜の底が熱されているので足の裏が熱くて仕方ない。
 そして現在。
 俺は何故だか無人のお城の大広間で、風呂を沸かしているのであった。
 清澄で、荘厳な、謁見の間のど真ん中で、風呂を沸かす。

「………………」

 考えるな、何も考えてはいけないぞ、俺っ。
 何処からとも無く出現した、山と積まれた薪を火にくべる。
 パチパチと音を立てて、薪は炎を上げて燃えていく。もちろん、死ぬほど高そうな大理石製らしき大広間の床の上で。

「………………」

 ……本当にいいのだろうか。掃除、絶対に死ぬほど大変だぞこれ。
 などと思いつつ、更なる薪をぽいぽいくべていく。まあ、フカフカな絨毯の上で無いだけマシかもしれんし。
 手にはご丁寧に用意された節を抜いた青竹。よくこんなものを調達してきたものだと思いもするが、そもそも空想を具現化なんて真似をしやがる種族にその手の疑問は無駄なのだった。
 だいたい必要だって言ったの俺だし。様式美というものは必要だよ、うん。
 プーっと青竹で火を煽りつつ湯加減を見てみる。……うん、そろそろよさそうな感じだ。
 ところで、そもそもなぜ俺がこんな場所で無闇に風呂など沸かしているかと言えば。

「ふむ。沸いたか?」
「もうちょい」

 コレの沸かし方も解らなかったクセに、変な興味だけは沸かしたお姫様の所為である。
 ……というか、俺は風呂焚き要員として呼ばれたのかここに。
 そう考えると改めてほんの少しゲンナリしたりするのだが。
 何か困ってるなら助けてやらないとな、とか考えた自分がバカみたいである。まあいいけど。
 ちなみに。

「着方はこれでいいのか?」

 そういう朱い月は浴衣を着用済み。
 白地を基調に、袖と裾に向けて薄い蒼へと移って行く色模様。ご丁寧に足元は下駄である。

「ああ、それでいい」

 言いつつ上から下まで眺めてみる。
 白と蒼、その上に流れる金の髪のコントラスト。襟元から覗く胸元。
 うむ、悪くない。
 むしろグッジョブと言っていい。肩の出ているドレス姿よりも露出は少ないのに、浴衣だと妙に艶めかしく思えるのは身体の線が出ているからか。ともかくも新鮮ではあった。
 風呂に入る時の正装は浴衣、そう主張してみたらあっさり可決された結果である。
 どうやら薪で風呂を沸かす為に呼ばれたらしいと悟った瞬間、俺は趣味に走る事に決めたのだった。そうでもなければやってられない。
 そもそも水を一瞬で湯に変える事くらい簡単に出来そうだし、雰囲気を楽しみたいのなら浴衣はあながち間違ってもいない気もする。
 とりあえず、浴衣に下駄履きで洗面器を両手で持ち、袖にタオルをかけて湯が沸くのを待っている朱い月というのはこれで中々にしっとりとした風情があった。……背景が城の大広間だったりするのが問題だが、それはこの際考えない事とする。
 この待ち時間、アルクェイドなら満面の笑みで期待を露にする場面なのだが、朱い月の方は特に表情が変わるわけでも無い。でも不機嫌そうではないし、むしろそこはかとなく期待が垣間見れて、なかなかに趣き深かった。
 こうなると、なんとしても湯上り姿も拝ませてもらいたいと思います。
 ……いや、ぶっちゃけその前に入浴中を是非っ! とか思うのは止むを得まい。男のサガだ。
 とまあ、そんなこんなで湯が沸いた。

「湯加減は、と――ああ、良さそうだな」
「そうか」

 頷いた朱い月は、カラコロと下駄を鳴らして風呂釜横に設置した昇降台に上った。
 浴衣のままで。
 そのまま湯面に手を入れていたりする。
 ふと気づいて聞いてみた。

「……おい、浴衣どうする気だ」
「そのままだ。問題があるか?」

 問いと答え。
 意味するところは明確である。浴衣着たままで入るつもりだコイツ。

「おぬし、これがこの形式の風呂に入る時の正装だと言ったであろう?」
「ああ、いや――」

 風呂の高さに合わせた台上から真顔で小首を傾げる朱い月に、うやむやな返事を返す。
 確かに言った。それは確かに言ったが。
 流石に世界もこの手の風呂に関する知識などアルクェイド、ひいては朱い月に教えなかったと知ってそう吹き込んだ。
 だけど常識的に考えればお風呂につかろうって言うのなら、脱ぐか、精々バスタオルでも巻くかだと迂闊にも思い込んでいた。まさか、そう受け止められるとは露ほども……常識なんて通用する相手じゃないと、はっきり判っていたはずなのになぁ……
 ハイ、実は密かに目の前で脱いでくれるんじゃないか、とかこっそり期待してましたよチクセウ。
 そんな訳で、ほんのちょっとガックリしている間に朱い月は湯面に――

「む」
「あ」

 ――浮いているスノコをひょいと掴み出し、おもむろに後ろへ放り投げた。
 濡れた木組みがカラカラと音を立てて、大理石の床を転がっていく。
 しまった、浴衣に気を取られて肝心の入り方をまだ教えていなかったっけか。
 ああいや、違うんだ、それの上に乗ってだな……と説明をしようと口を開きかけた瞬間。


 ザバーーー……ゴン


 と盛大にお湯を周囲に撒き散らしつつ、朱い月は風呂釜に着地していた。
 ちなみに最後のヤケにくぐもったゴンという衝突音は、朱い月の履いている下駄と風呂底がぶつかった音である。
 ……ああ、やっちまった、本当に「そのまま」入りやがった。
 下駄履き浴衣つきで風呂桶の湯の中にスックと立った朱い月は、おもむろにこちらを向き、何故か少し自慢げにノタマッタ。


「これでよいのだろう?」
「ハイ、問題アリマセン。見事な伝統的『弥次・喜多式入浴法』でゴザイマス」


 江戸時代ならともかく、まさかこのご時勢に下駄履きで風呂に入るヤツがいるとは。あの世で十返舎一九もさぞ本望だろう。
 そういう事にしとけ。しとけったらしとけ。もはや何も言うまいて。
 ある種の諦念をともなう達観に基づいて作業を開始する。派手にお湯をぶちまけてくれたので、しける前に薪束を少し移動させねばならないのだ。
 濡れた薪を釜の熱の届くところに並べて乾燥させつつ、残りの薪束を移動させていく。
 しばしそんな作業に没頭する。
 その間、朱い月は作業をする俺を興味なさそうに眺めていた。
 あらかた作業が終わって乾いた薪を火ににくべた頃、ふと眼を上げると朱い月がさっきと同じく風呂の真ん中に立っていた。
 ちょっと考えて思い当たる。
 ……ああ、風呂底の熱を下駄で防いだら足の裏しか熱を防げないから……だからスノコを敷いてるんだな五右衛門風呂って。
 真祖とかが尻を火傷する様な種族かどうかは知らないが、あのままでは腰を下ろしたりはできないようだった。少なくとも、人間であれば。とりあえず風呂は肩までつかれないとな……
 だがしかし今更「実はこのスノコの上に乗って――」などと説明する訳にもいかない。ウソ教えたのがバレたら、こっちの身が危険である。
 しばし考えた末、椅子などあれば良いのではないかと思いついた。陶磁器製の椅子とか豪華な風呂(のイメージ)にはつきものな気がするし。今回は風呂釜が少々アレだが、釜の中でずっと突っ立てるよりはマシだろう。

「なあ、その辺に椅子とかないのか?」
「椅子?」

 それなりに珍しげに半身浴めいた直立を続けていた朱い月が此方を向く。
 ……う。お腹の辺り濡れた浴衣が張り付いて透けてるし。その眺めがあんまりエッチぽかったので一瞬言葉に詰まる。

「腰を下ろさないと、肩までつかれないだろ?」

 けれど、どうにか続けて言葉を発する事ができた。
 腰まで浸かる=お腹辺りが濡れ透ける、という公式を発見したのだ。
 こうとなれば、是が非でも一度は肩までつかっていただかねばなるまいて。
 こう――濡れて肌に張り付く布地の薄い浴衣、露になるボディライン、温まって上気した肌、くっきりと浮き出た胸の先端の――うむ、想像するだに絶景だ。

「ふむ――」

 俺がそんな事を考えているとは露知らない(はず、多分)朱い月は僅かに考え、そして。

「――なるほど」

 と頷いた。
 なにやら理解したらしい。
 さて、そうと決まれば薪を足しておかねばなるまい。
 どこにあるのか知らないがどうせ椅子を取りに行くのは俺に決まっているので、ぬるくならないようにしておかねば。
 そう考えて薪を足し、釜の下を覗き込む。
 当然の事だが風呂釜と床の間には薪を燃やすスペースが必要で、いわば炉の上に釜が乗っている事になる。囲いのない焚き火形式じゃ熱効率も悪いしな。
 覗き込んだ炉の中は、薪が真っ赤に燃えている。その半分がた炭となった薪を奥へと押しやり、新たな薪を多めにくべる。節を抜いた竹で吹くと、更に火は煽られ、新たな薪に燃え移る。
 うん、これならしばらくは――そう思った矢先。
 突如、ビリビリと緊迫する空気。
 空間が歪むが如き捩れ。
 凄まじい違和感。
 そして。


 どばっしゃぁぁぁん! ……ズズゥゥン……

 
 とんでもなく派手な水音。
 地響きと共にベコッと歪む釜底。
 そして、雨のようにザバザバ降ってくるお湯。
 ――――な、何だっ!?
 ずぶ濡れになりつつ、慌てて立ち上がると。
 風呂釜の中に、玉座が鎮座ましましていました。

「………………………………」

 考えても見て欲しい。
 お城の謁見の間に五右衛門風呂。それだけでもアレであるのに、その釜の中に王様専用玉座である。思わず呆然としてしまったのは、止むを得ないだろう。
 むろんスペースの関係からか広間の正面にある椅子ほどの大きさではないが――アレと同等だったら風呂釜は押し潰されてるしな――それでも石造りの立派なものであり、肘掛も背もたれもついている。
 お湯の中からにょっきりと伸びた背もたれが天を突き、それにそって眼を下ろしていけば、両の肘掛に緩やかに手を置いた朱い月が王様の威厳で座っていた。
 その威厳や(浴衣や釜やお湯にもめげずに)紛れも無く気高き姫のモノである。その眼光の前には、下々は思わずひれ伏すであろう。
 ……かなりの力技である事は否めないが。

「なるほど、確かにこの方がゆったりと楽しめる」

 湯の中で脚を組みつつ、朱い月が楽しげに呟く。
 濡れ鼠のまま固まった俺を玉座から傲然と見下ろしつつ、朱い月は珍しくニッコリと笑って訊ねた。


「これでいいのだな?」
「――ハイ、問題アリマセン姫」


 一つだけ願わくば、何でもかんでも具現化するのだけは勘弁してくだされ。
 心の中でだけ付け加えて作業を再開した。乾いた薪がまた濡れてしまったので。










 まあここが城の大広間であるとか、風呂釜を設置した風景のマッチングがどうとか、更に風呂桶にそびえ立つほとんど柱のよーな背もたれ付き玉座とか、そういうのはもうこの際気にしない事とする。
 理不尽な事柄に対する耐性だけは年々ついていたりするのだ。
 ……慣れとかあきらめとも言うけど。悲しい事に。
 それはまあさておき。
 ゆったりと湯につかりながら、朱い月は寛いでいるようだった。
 湯主が身体を動かす度に小さく柔らかな水音が降り注ぐ。

「湯加減はどうかな」
「うむ、悪くない」

 そう言って朱い月は身体から力を抜く。
 目蓋が閉じられ、肢体は背もたれに預けられていた。
 何気なくその姿に視線が向かう。
 やや上を向いた頤の下の白い喉。
 浴衣の襟から覗き見る細い鎖骨。
 濡れてピタリと張り付いた浴衣は半ば透き通り、緩やかな曲線の頂点間際で水面下へと没っしている。
 あまりにも警戒のない無防備な姿。
 そのまま吸い寄せられるように目が離せなくなった。眼を奪われるな、というのが無理だと思う。
 そうしてどのくらい眺めていたのか。
 無意識に手を伸ばしかけて、ふと我に返った。

「……あれ?」

 はて、俺はなにゆえに指を伸ばしているのだろうか。
 自分の手をジッと見つつ首を捻る。
 考える事しばし。

「ああ――」

 ようやくにして思い当たる。
 こいつがアルクェイドなのがいけないのだ。
 ……いやつまり。アルクェイドの別の部分だとか受け皿がどうこうとか、性格の違いとかをほっぽりだしてこいつがアルクェイドなもので。
 寝顔を見守るのに飽き足らず、つい頬をぷにぷにしようとしていたらしい。無意識って恐いなぁ。
 だがしかし。
 朱い月にそんな事をして、その後どう切り抜けるべきかなんて俺は知らないのである。
 故にぷにぷにしてはいけない。
 それは自明の理である。
 だが、更にしかし。
 こいつはアルクェイドである。
 故に、ぷにぷにしたい。
 それもまた自明の理であった。俺の中では。
 ――と、現状を整理した所でさてどうする?
 それが問題なのであった。
 そもそも湯の中で動かない朱い月が寝ていると決まった訳ではない。ただ眼を瞑っているだけかもしれない。
 でも何となく手を出したくなるし、それでなくてもこのままだと手持ち無沙汰だ。
 ぷにぷには諦めるにしても、なにかリアクションの期待できる事は――
 またしばし考え、そして周囲を見回す。
 荘厳で、静まり返った玉座の間。けれど人の気配が絶無の部屋。
 いや、それはこの部屋だけじゃない。この城は何処まで行ってもそうなのだ。
 全てがありながら、何もかもが不確定なこの城では――ああ、そうだ。
 思いついて、窓際へと向かう。
 そして。
 白い光が世界を柔らかく包む。
 永遠の夜を照らす皓月の光が映し出す人影。
 色彩を失った世界は現実感をも失っていく。

「ああ、カーテン開けさせてもらった」

 月光を浴びて朱い月がゆっくりと眼を開けた。
 色彩の変化に戸惑ったのか数度の瞬き。
 それは、きょとんと形容しても良いくらいに無防備な瞬きだった。
 うん、やっぱこいつ変な所でアルクェイドだ。
 じっと見てたら軽く睨まれたので、口を開く。

「月があんまり綺麗だったから、さ」

 そう思わないか?
 聞いてみると、そっけなく。

「月は月であろう」

 ただ天にあるだけだ、とか言われたりした。
 もう一度天にかかる月を見上げる。天はあまりにも近く、月の光は果てしなく降り注いでいる。

「確かにそうだけど――」

 どうやら朱い月はこの白い月に興味がないらしい。
 そして俺は、それは非常に勿体無いと思うのだ。
 だって、こんなに綺麗なのに。

「月は月、ただ在るだけであろう」

 朱い月は繰り返す。
 淡々と。
 ただ在るだけと。

「はるかな過去よりそれは変わらぬ――白い月も、朱い月もな」

 静かに、事実を告げるだけとでも言うように。
 朱い月はそれだけを言ってまた眼を閉じてしまった。
 さてどうするか?
 何かちょっかいをかけると言う目的は達成されたものの、このままでは何となくすっきりしない。
 しばし考えた後。

「――何をしている」

 広間のカーテンと窓を全部開けてまわっていたら、また睨まれた。
 弱かった部屋の灯りは既に月の光に飲まれ、全てが白と黒とに塗り分けられている。
 俺はそのまま朱い月の元へと戻り、その横に立つ。
 ここからなら大きく開けた窓から入り込む光と天を覆うような月とがよく見えた。

「何をしているのだと――」
「月を見てるんだ。おまえと一緒にな」

 眼差しは窓の外の月へと向けたまま、もう一人の月に応える。

「何の為に」
「別に。ただ、一緒に見てみたかったんだ」

 その応えに呆れたのか絶句したのか。
 しばし声が途切れたので、俺はそのまま月を眺め続けた。
 隣の朱い月がどうしているかは知らない。
 ただ、なんとなく同じ月を眺めているような気がした。
 そして、それは正しかったらしい。
 しばらくして。

「――判らぬ。何故そのような事を望む」

 そんな事を問われた。
 どうやらたった今まで一応真面目に月を眺めていてくれたらしい。
 そういう辺りがそこはかとなく可笑しく思う。それだけでもカーテンと窓を開けた甲斐があったというものだが。

「さあね。何だか貴重に思えたんだ」

 窓の外には白い月。
 見上げる隣には朱い月。
 そんな時間を持てる事が。

「ええと、そうだな……確かに月は天にあるだけなんだが、それを見る方は色々思うし覚えてるんだよ。特に誰かと一緒に見た月とかはな」

 何故そう思うのか、考え考え口にする。
 それは月に限った事ではない。
 山でもいいし海でもいい。どんな絶景だって、一人で見て楽しんだら次は誰かと一緒にそれを見てみたいと思うのだ。特に綺麗な景色は。
 いや、景色だけではなく映画も演劇も何もかもが。
 一緒に見る人によってそれへの思い出も心象風景も千変万化してしまう。
 だから、共に見てくれる人がいれば、それだけで。
 特に大事なヤツと一緒に居るのなら。

「だから、楽しいんだ。目覚めているだけでさ」

 そう締めくくった。
 言いたい事が上手く伝えられたかは自信がない。
 だが言いたい事は言った筈だ。
 朱い月がくだらぬと言ってカーテンと窓を閉めてしまえば、それまでの事。

「――何処かで聞いたような事を言う」

 しかし、朱い月は僅かに微笑ったようだった。
 それが苦笑じみていたように思えるのは気のせいかもしれないが。
 少なくとも今すぐ月の光が遮られる事はなかった。

「まあよい。おぬしの気が向いたら、この時の事を忘れずに居ればよい」

 それが朱い月にとっての結論であるらしかった。
 彼女自身が覚えていてくれるのかどうかは、神も知らない本人のみぞ知るところだろう。

「この様な格好で問答をするのも無益な事である故にな」

 パチャリとお湯を揺らして朱い月は腕を上げる。
 お湯から出てきた手は己の浴衣の袖を摘んでいる。
 ……それはまあ確かに。
 とふと我に返って思った。
 この場は問答の場というよりもお風呂でお月見GOGO!といった場に違いないのだ。
 この状態で何か真面目に物を考えるのは至極バカみたいである。
 なのでそっち系統で場を進めることにする。

 よって。
 数分後、風呂の湯にはお盆に載った徳利とお猪口が浮いていたりした。
 風呂・月と来れば酒だと思うのだがどうか。

「こうか?」
「そうそう」

 朱い月の浴衣の肩がややずり落ちかけてきてるのにさり気なく眼を奪われつつ、その手にしたお猪口に酒を注ぐ。
 かすかなの酒気が湯気と共に立ち上り、鼻を擽ったりする。
 本来アルコールの類はそれほど好きではないが、長年の乾家への出入りによってそれなりの耐性と楽しみ方は身についているのだ。
 そういえば昔、有彦が「今夜はお月見だぜっ」とか言いつつウドンにパカパカと卵を八個も投入したスペシャル滅殺月見うどんEXを貪り食い、肝心の月が昇った頃には「月はもういい……」とトイレのドアの向こうから弱々しくノタマッタ事件が……いやいや、そんな事はこの際どうでもいい。

「ふむ」

 注がれた透明な液体をジッと眺めた朱い月は、やがてグイと一息にそれを飲み干した。
 ところで今気づいたのだが、朱い月は飲酒経験とかあるのだろうか? ……無いよなぁ。
 まあアルクェイドを見てみるにアルコール分解能力については問題無さそうなので、後は嗜好の問題か。

「どうだ?」

 些かの興味を交えて聞いてみる。
 対して返答。

「よく判らぬ」

 という事らしい。
 確かに酩酊感とか高揚感とか副次的な物を除けば、最初からお酒の味そのものに嵌るヤツもそうはいないかもしれない。
 そう思いつつ戻されたお猪口をヒョイと取り上げて目の前に突き出した。
 ん、と促すと朱い月の目が丸くなったりする。
 どうやら意表を突かれたらしい。そんなに意外か?
 しばし後。

「――私が注ぐのか?」
「当然」

 一人でも延々飲んで居るような呑み助なら別として、酒そのものよりも場の雰囲気を楽しむタイプであれば、互いに注しつ注されつといきたい所だ。
 せっかく温泉ライクな雰囲気なんだし。
 という訳で更に促すと。

「この身に酌を要求したのはそなたが初めてだ」

 呆れたとでも言いたそうでありながらも、その白い手で酒を注いでくれた。
 しかし、酌とか言う以前に飲むことからして初めてだろうになあ、とか思ったりする。
 ともあれせっかく注いでもらったので、おもむろにお猪口を傾けた。
 咽の内側を流れ落ちるアルコールの香り。
 一瞬の間を置いて、熱さがお腹の奥に発生する。
 うーん、無闇にいい酒だなこれ。銘柄とかはよく判らないけど。これなら冷やでもよかったかもしれない。
 まあそれはともかく。
 お猪口を空けた俺はそれを手渡し、また徳利の方を取る。

「ほら」
「――うむ」

 僅かに戸惑いつつ、朱い月はお猪口を手に取った。
 透明な液体がとくとくとそれに注がれる。
 そしてそれを眺めた朱い月は。

「ふむ、なるほど」

 と妙に感慨深げに呟いていてお猪口を口にしたりした。
 何がなるほどなのかは知らないけど、少し機嫌が良くなったようで喜ばしい限り。
 美味い酒というのは肴と一緒に飲むヤツ次第だ、というのは俺のお酒の師匠こと一子さんの言であるが、まことにその通りであると思う。
 再び返されたお猪口を口に運びながら月を見る。
 天には見たことも無いような大きい白い月。
 翻って隣を見れば、浴衣姿で興味深げに徳利を揺らす朱い月。
 肴も隣に居るヤツも申し分ない酒の席だった。
 穏やかに酒盃を重ねつつ、この場を楽しむ。
 楽しく騒がしい席も好きだけど、こんな席も悪くない。
 まあ、強いて不満を上げるとすれば――

「…………混浴じゃない点か」
「何か言ったか?」

 おっと、声に出たらしい。
 訊ねる声に何でもないとやり過ごしつつ更に酒盃を重ねた。
 せっかくのいい月見なのだ。白光を全身で受け止め、心地よい酒精に酔う。
 天を覆う望月を仰ぐ。

 ああ、今日は、こんなにも月が綺麗だ――――










 ……で。
 素直にこのままいけば良かったのだが。
 そうは行かないのが世の中というものである。
 
 本来、俺はそれほど飲める方ではない。
 一子さんや秋葉はうわばみみたいなモノだし、有彦と比べても明らかに弱い方だろう。
 酒宴は飲むよりも雰囲気を味わう方がメインとなる。
 しかし酒の席がこんなに楽しかったのは久方ぶりだった。
 だからいい気分だった。
 凄くいい気分だった。
 あまりにもいい気分だったので。
 故に――
 ……いやその。故に、つい強くも無い酒量を過してしまってさ?
 熱燗は冷に比べて回りが早いとか、コップ酒ならともかく小さなお猪口だしとタカを括りすぎた面もある。何より、隣に居るのが人間のアルコール分解能力をはるかに超えた生物だったのが俺の客観を狂わせたのかも知れない。
 ともかく少々飲みすぎた、らしい。
 それで、ささやかな不満点がものすごく気にかかってしまったんだ。
 曰く。

 『温泉気分でお月見だったら断じて混浴であるべきだ!』

 うん酔ってる。酔ってるね俺。
 酒精に染まった頭でそんな自分突っ込みを入れたりするのである。
 ついでについつい風呂釜にゴィンとノリ突っ込みを入れてしまって火傷しかけたりとかなっ。

「ずおおおおお……っ」
「……おぬし、何をしておるのだ」

 手を押さえて悶絶する俺を呆れたように眺めつつ、朱い月は更にお猪口を口元へと運ぶ。
 見れば浴衣は既に両肩とも肌蹴られていたりして、浴衣自体も濡れ透けていたりして、その艶姿はまことに絶景としか言い様がないのである。
 であるがしかしっ。
 温泉に水着着て入ったりバスタオル巻いて入るのは邪道だと思うのだ。まして浴衣はっ。
 水着とかタオルとかはいい。チチを見せるんだ。
 うん酔ってる。酔ってるね俺。
 世界がグルグル廻っている。
 だがそれがどうした。
 いやはやアルコールの力というのは恐ろしい。
 傍から見ればそれほど酔ってはいないように見えるかもしれないが、思考は確実に一本ずれている。
 そしてそれを自覚しつつも止められやしないのであった。
 だが問題は何も無い。
 酔ってないなんて言わない。俺は俺の正しいと思う酔っ払いになればいい。
 ああ先生が聞いたら頭抱えそうな一言だ。
 だがそれもまたよし。
 俺は自分を信じて突き進むのみ。

「む、どうした」
「ああいや、はははは……」

 という訳で温泉といったら混浴である。
 あれ、温泉ではないよな。俺が沸かしたんだから。でも温泉気分なので同罪だ。
 しかしこの風呂釜に二人入るのはスペース的に無理だ。
 故に混浴はできない。物理的に不可能。

 ならばこの風呂釜に意味は無く――
 ――浴衣はきっと邪道で出来ていた!

 という訳で。

「えい」

 直死の一撃を敢行した。
 しかも釜から浴衣まで一刀両断で効率ドン、更に倍。
 一瞬の間も置かず――

 見事にパカッと割れる風呂釜。
 ザザーっと周りに流れるお湯。
 圧倒的な水量に爆ぜ消える炎。

「ふははははははははははははぶべっ!?」

 そして、無意味に高笑いをする俺の顔面に突き刺さる下駄。
 メキッて、今メキってめり込んだぁぁぁっ!

「――――で」

 悶絶していた俺は、その声にふと我に返った。
 ええ、それに相応しい声色であったので。
 で、顔面を押さえていた手を恐る恐るどけてみると。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴとでも表現すべき王様オーラを背負った朱い月様が、玉座からこちらを見ておられました。
 もちろんお全裸のまま。
 形のよいおっぱいが眼に眩しかったり。
 肘掛に手を置き、組んだ脚をややぶらぶらさせつつ、睥睨されていたりした。
 ああさっきの下駄はあの脚から発射されたのだなぁ。
 するとどうやらわりと足癖が悪いらしい。
 しかし。
 見事に言い訳のしようもないなこの状況……
 一気に有罪確定裁判の被告と化してしまったようだった。
 そんな俺に対して朱い月は言った。

「お主、何か望みはあるか?」

 ああ判っている。言葉が省略されている。
 これはつまり酔っ払った俺の行動に対して「何か言い訳があるか」という言葉を通り越し、「(最後の)望みはあるか」と聞いているのだ。
 それが表情から如実に読み取れてしまったりした。
 死刑判決確定。
 どうしてこんな事するかな酔った俺、などと思いつつ未だ湯の滴る朱い月のおっぱいが見れたのでそれはそれで、とか思う辺りひょっとするとまだ酔ってるかもしれない。
 あのおっぱいは是が非でも拝観の価値があると思うのだがどうか。
 ともあれ何か答えねばならないのだが、流石に何も思い浮かばない。
 少しでも心象をよくすべしと理性が訴える。
 よし、ここはひとつ。

「……そのまま脚を組み替えてくれないかなー……とか」

 結果:理性よりも欲望が優先されました。
 うん酔ってる。まだ酔ってるね俺。あきれ果てるほどに。
 だってどう答えてもこの後は最早決まっているっぽいしなあ。
 そして。
 朱い月は俺の願いを目の前でかなえてくれました。
 そして更にニッコリと殺人的に笑ってこうおっしゃいました。


「これで思い残す事は無いな?」
「…………………………はい」





  風呂釜や 浜の真砂は尽きるとも
  世に欲望の種は尽きまじ           遠野志貴 辞世の句










 /

 お湯が煮えていた。
 ぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつぐつと湯が煮えていた。
 ぐっつらぐっつら煮えたぎっていたりした。

「あちゃっあちっ、熱い熱い!!」
「当然であろう」

 という訳で。
 新たな釜で石川五右衛門よろしく釜茹での刑になったという。
 朱い月曰く、大泥棒は釜茹でと相場が決まっている、とかなんとか。
 って、何故に泥棒?

「あちゃ、あつ! お、俺は何も盗んでないぞ!?」
「いいや、お主はとんでもないものを盗んでいったのだぞ?」

 悔しいのでそれが何かはお主の様な野暮天には教えてやらん、等と言いつつ青竹をプーっと吹いて火を煽る。
 その姿が何故か凄く楽しそうだったりしたのだが、それが何故かとか考える前に俺の意識は真っ白になっていったのだった。


 ――――まあ、次は混浴も考えてやらぬことも無いぞ?


 とりあえず、次の機会などあるんだろうか……と思いつつ意識を失った。
 薄れる意識の中で、その声が真実だったか幻聴だったのかは判断しかねる。




















 /

 なお、余談だが。

「えへへ、見て見てー……って、何でいきなり壊すのよせっかく買ったのに!」
「やかましい!」

 何故に朱い月があんなものを知り、興味を持ったのかは次の日に判った。
 だがアレと同様の事を今時のマンションでやってはいけない。
 間違ってもやってはいけない。
 君と僕の約束だ。


< 了 >





 はじめましての方、はじめまして。
 お馴染みの方、いつもありがとうございます。
 今回の話は珍しくあれこれ考えて丁寧に書こうと努力した、んです、が……

 ……みんな、朱い月(姫アルク)様のおっぱいみたいよね?
 とりあえず私はみたいぞ。

 というわけでこうなりました。ええ、他に理由はありませんとも。
 それではまた何処かで。



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